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「「・・・」」 (平賀 才人…名前的に日本人っぽいが…俺が死んだ所じゃなくて日本にあの鏡出やがったのか…?) 何だかえらい気まずい沈黙が空間を満たした…がまぁ…気を取り直してっと… 「才人か…悪いが俺の質問に答えてくれないか?」 「はい・・・俺もまだ質問したいけど…先どうぞ」 「お前…どこの国にいた?」 「?俺は日本にいたけど、ここはトリスティンって言ってたけどヨーロッパのどの辺に? ってか何で俺こんな所にいるんだ?あんたが俺をここに連れてきたのか?ってかあの鏡なんだよ!?」 「あ~落ち着け落ち着け、一辺に質問すんな…俺も行き成りでまだわけわからねぇんだよ・・・」 …つってもこの状況じゃ落ち着け言ってもムリだな… と思ったら何かまだまだ言いたそうな顔していたが黙って深呼吸をし周りを見渡し状況を確認していた。 こいつ見た目よりも大物か…?いや…ただ抜けてるだけか…? 「あんた達…私を無視するんじゃなぁああああいぃいいいいい!!」 行き成りの怒声は、俺の真後ろにまで来てたさっきのピンク色の髪のガキ(面倒だから以後ピンク)だった。 …忘れてた…かなり本気で怒っている。まぁ行き成り自分が増えたと思ったらまた爆発するわ、召喚されるのは あいつ等から言えば平民だわ、挙句の果てには自分を無視して平民同士で話あっている…そりゃ怒るか… このピンクどうするか・・・と才人の方を見ると、才人が?って顔で惚けている。 それを見た時俺はすっくと立ち上がり茶を振舞う時の笑顔で才人に近づき…肩を掴み立ち上がらせた。 「?あの何するんすか?」 「ん?それはな…こうするんだよ!!」 ・・・才人の頭を掴み、俺の真後ろにいるピンクに向かって…キスをさせた・・・ 「『ザ・ワールド!!』そして時は止まる…」ん?何か幻聴が・・・ 「「・・・」」 「そして時は動き出す…」・・・お前だれだ? 「な・・・なにするだぁあああああ!!!」 「ヤッダバァアアアアア」 ほぅ…ミゾオチに幻の左で宙を舞うか・・・中々の威力だな…ってこっちにも殴りかかってきた! とりあえずガキの腕力だから掴んでおけばいいか… 「は…離しなさいよ!貴族にそんな無礼するなんてどんだけ田舎者よ!!」 「いててて…何をするんだってのはこっちのセリフだ!! ってかあんた!何で俺に行き成りこいつとキスさせるんだよ!」 「ん?それか、その理由わ…」 「ぐあ!ぐぁあああああ!あっちぃぃいいい!!」 行き成り左腕を押さえて叫び出したがまぁ、いいか 「あぁ、そうなるのか何でもあいつ等が言うには契約?かなそれだと思うが、どうなんだ?」 くるぅ~りと目の前で悶絶してる才人を無視してピンクに向かって言った。 「あ・・・あんたの思っている通り『使い魔のルーン』を刻んでいるだけよ」 「刻むな!俺の体に何しやがった!」 む?思ったよりも早く復活したなこいつと関心していると、ハゲた中年のおっさんがこっちきやがった。 「ふむ…まさか『サモン・サーヴァント』で平民をなおかつ二人も呼ぶとは異例だが… それよりもミス・ヴァリエールが二人に見えた気するが…風のスクウェアクラスの魔法かな? 杖が無いのに発動とはおかしいが…先住魔法…君はエルフ…か…? …説明する気ないか…それならばこちらで勝手に調べさせてもらう。そしてミス・ヴァリエール 一応契約した少年の方を使い魔としなさい。そして彼のルーンも見せてもらうよ」 才人の左腕の甲には何だか分からない文字が書かれてあったが、なるほどあれがルーンって奴か 「珍しいルーンだな」 おい・・・それだけかよ 「いったい…なんなんだあんたら!」 それには俺も同感だなって…何で俺の方を向く。まぁ、他の奴等の視線が俺に集中してるから無理も無いか。 「…俺はただの通りすがりだ。行き成りここに連れてかれて俺も困っているんだ。」 連れて来られる前は死人だった事は理解させるまで話すのが面倒だから簡単に説明した。 「とりあえずお前が使い魔になったって事で俺は帰らせてもらう」 「え?俺も一緒に帰してくれよ!」 「契約したんだから諦めろと言いたい所だが…仕方ないな…ついてこい、遅れても俺は待たんぞ それじゃもう一度ムーディブルース!」 その声を合図にまた出現したコピールイズが出るやいなや…周りの生徒達は 「またあれが来るぞぉおおおおお」「作者面倒だからってコピールイズ何度もするなぁぁああ!」 「ずっとルイズのターンかよぉおお!」「マルコリシールドォオ!!貴方の尊い犠牲は忘れないわ…5分ぐらい」 と非難轟々で即座に地面に穴開ける者も居れば、自分の使い魔に乗りダッシュで逃げ惑う者もいた… かなり阿鼻叫喚な図でそんな中気の毒にもさっきの爆発を見ていない才人には???と思うしか出来なかった… 「おい、ぼけっと突っ立てるとあぶねぇぞ」 「?何で?ってか何で皆あんな必死に逃げてるんだ?」 「これ」と俺はコピールイズを指差して地面に伏せた。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン 「ヤッダバァアアアアア」 さっきと同じセリフかよ…才人…芸が無い哀れな奴…だが俺は待たないと言った… 今度こそあの鏡に飛び込み場所が違うとは言え、元の世界に戻りそしてブチャラティを助けねば… …他の場所に出現し、手がかりも無しにあいつ等に追いつける可能性は0に近いが… それでも可能性があるならば、俺は戻らねばならない! そう決意し、爆風がまだ吹き荒れている中アバッキオは中心にある銀鏡目掛けて飛び込んだ…が… そこには…何も…無かった・・・ 「な…何故だ!何故銀鏡が無いんだ!俺は確かにリプレイしたはずだぞ!!」 「契約」 横から感情が篭らないまるで人形のように平坦な声がした。 「契約?」 契約はさっき才人がしたはず…それと何の関係があるんだ?と声の方向に振り向くと12歳ぐらい? の青髪のガキがいた。その横の赤髪の女は人盾をポイッと捨てている。 「あなたはさっきそこの彼とルイズを契約させた。召喚儀式は使い魔が居ると発動しない。」 「…つまり才人が死なないと…召喚は出来ないって事…か・・・?」 「そう」 …俺の後ろにのびているこいつが死ぬ事…か…今こいつを殺してしまえば、 すぐ戻れプチャラティに追いつく事が出来るかもしれない…俺は以前警官だった時に 正当防衛で殺人犯を射殺した事はある…しかしこいつは何の罪も無いただのガキだ… しかも俺が道連れにしてしまった…ブチャラティそしてこの罪の無い才人…どちらを優先させるべきかと 心が揺れ動き葛藤していると後ろからの爆発により…俺の意識は飛んだ…。 「あ・・・あたしを無視するんじゃなぁああああぃいいいい!」 「ちょ…ちょっとルイズ!やりすぎよ!気絶してるじゃないの!!」 「あたしが召喚した使い魔なのよ!あたしのやり方で罰を与えるわ!!」 「…罰与えるのはイイけど…ルイズ…あなたどうやって学院まで戻る気?」 「・・・あ・・・」 爆風でのびている少年と…ルイズがたった今爆発を直接ぶつけた大人…ロクに魔法が使えないルイズには 運ぶ手段が無かった…さすがに哀れと思ったのかタバサがシルフィードに試し乗りさせてみたいと言い のびている二人とルイズ キュルケ フレイムを載せて学院に運んでくれた… …帰っている途中でフレイムが火山に住んでるクセに高所恐怖症らしく恐慌状態に陥り シルフィードに危うく火を吹きかけそうになり周りが慌てて止めたが、才人の髪が一部アフロになったらしい… マリコルヌ またもや爆風避けの盾に…うわ言で「マッ…マルコリシールドって…僕の名前は マ…リコ…ル・・・ヌ・・・」と言っていたらしい。 重傷 再起可能 To Be Continued →...
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巨大な翼で空を我が物と舞う風竜とグリフォン。 風竜シルフィードの背に乗るルイズは、グリフォンを駆るワルドと再度の対峙を果たす。 最初に視認した時は豆粒程度にしか見えなかった幻獣は、見る見るうちにその姿が見えてくる。 すぐさまグリフォンの背に乗る男の顔が見えた時、ルイズは辛そうに男の名を呼んだ。 「……ワルド……」 ルイズは既に理解している。 彼女の憧れの人はもう自分の前には帰ってこないのだと。 あれは優しい子爵と姿形が同じなだけの、薄汚れた裏切り者。勇気溢れる皇太子を暗殺しようとし、大切な使い魔のジョセフを傷付けたおぞましい存在。 それだけではない。ジョセフの視界を通して見たものは、彼が既に健全な人間でないことすらありありと示していた。どこの人間が、腕を吹き飛ばされて数秒も経たないうちに腕を生やすことができるのか。 あの悪名高いエルフだとて、その様に怪奇な生態を持つとは聞いた事が無い。 倒さなければならない。 名誉あるグリフォン隊の隊長でありながら、始祖ブリミルの末裔である三王家の一つ、アルビオン王家を恐れ多くも薄汚い刃で打ち倒したレコン・キスタの走狗に成り下がった彼を。トリステイン王家に仕えるヴァリエール公爵家の三女として、討伐しなければならない。 判っている。判っている。 だが、心が縮こまっている。 今、この空の中でワルドと戦えるのは自分一人。 フーケと戦った時はタバサも、キュルケも……ジョセフも、いた。 だが、今は自分一人だけ。 タバサはシルフィードの操縦に神経を注がなければならないし、キュルケもギーシュもここに来るまでのフライで精神力を使い果たしてシルフィードの背に倒れている。意識があるだけでも大したものだと言うしかない。 ゼロと呼ばれるおちこぼれメイジが、果たしてスクウェアメイジであるワルドと戦って勝てるのか? いや、そもそも戦いと呼べる行いになるのだろうか? (それに……今のワルドを倒すと言う事は……) 深手を負わせて戦闘不能に持ち込む、などという結末は考えられない。多少のダメージなら瞬時に再生させるワルドを倒すということは、つまり。 ワルドを殺害するということ。 「……やら、なくちゃ……」 知らず、言い聞かせるような呻きがルイズの唇から漏れた。 「……やら、なくっちゃ……!」 ルイズはまだ16歳の少女でしかない。 「やらなくちゃ、いけない、のよ……!」 手に持った杖を、固く、固く、握り締めて。 「私がやらなきゃ……誰が、するのよ……!」 左目を占める視界。ジョセフは、空中で姿勢を立て直し、落ちていく岬に着地したようだ。落ちる地面を走るジョセフの視界は、まだ何かを試みようとしている。 使い魔が諦めてもいないのに、主人がこんな体たらくでどうするというのか。 なおも絡み付こうとする弱気の靄を振り払うように、叫んだ。 「私は、貴族! 名誉あるヴァリエール公爵家三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!! 私は……目を背けない!!」 全ての靄を振り払えた訳ではない。 かつての憧れの人を殺さなければならないほどの覚悟を、一介の少女に持てと言うのは困難だ。しかもルイズは泥の中に浸かった人生など送っていない。 温室育ちで世間知らずの少女でしかないのだ。 そんな彼女が戦いを放棄せず立ち向かおうとするだけでも、多量の覚悟は必要だった。 しかし、それでも、どちらかの殺害でしか終わらない戦いに身を投じ、相手を殺して生存するだけの覚悟には、まだ届かない現状。 これが地球ならば、馬に跨る騎士同士が互いに馬上槍を構えているだろう。 ハルケギニアの上空では、グリフォンに跨った魔法衛士と、風竜の背に乗った華奢な少女が、互いに杖を向け合い―― 「ライトニング・クラウド!!」 「ファイアーボール!!」 二人の詠唱が同時に完成し、空気を震わせて放たれた稲妻はルイズの失敗魔法が起こした爆発で吹き飛ばされた。その間に二騎の幻獣は猛スピードで擦れ違い、再び接近する為に大きな旋回に入る。 「……おお! 今のはいい防御手段だねミス・ヴァリエール!」 シルフィードの背に倒れたままのギーシュが、破壊力の高いライトニング・クラウドを巧妙に防いだのに賞賛の声を上げた。 「あ、ああああああ当たり前じゃない! ままままま正に計算通りだったわね!」 「……思った通りまぐれ当たりだったわね」 判りやすいルイズの反応に、ギーシュと同じく背の上で倒れたままのキュルケが呟いた。 ルイズ本人はワルド目掛けて魔法を放ったつもりだったが、左目は今もジョセフの視界が占有している為、右目だけで狙いを付けなければならない。 人間は二つの目で見ることによって遠近を測っているので、片目だけとなると途端に距離感が掴めなくなってしまう。特にもう片方の目に全く別の光景が映し出されているとなれば、狙いも何もあったものではない。 ワルドを狙ったはずの爆発は照準より遥かに前で爆発し、そこに運良く稲妻が直撃したのが今起こった出来事だった。 「けれど今のは効果的。敵も初撃で勝負を決められなかった以上、次からはライトニング・クラウドを撃ち辛い。詠唱も長い上に精神力の消費も激しい」 手綱を握るタバサが、風のメイジからの見解を述べる。 「敵に強力な魔法を詠唱させる時間を与えなければいい。ある程度の攻撃なら、私とシルフィードが避けてみせる」 視線をワルドに向けたまま、振り返らずに淡々と言葉を紡ぐ。 自分よりも小柄な少女の背が、ルイズには何故かとても大きなものに見える。何故そう見えるのか、ルイズにはすぐ思い至った。 (……そうよね、召喚した使い魔は風竜だもの。それだけ実力の高いメイジだってことだわ……) だがルイズはそこで落ち込むようなことは無い。 自分が召喚した使い魔は、ジョセフ・ジョースターなのだから。 「お願いするわ」 一つ、唾を飲み込むと杖を構え直す。再び接近していくワルドに対して爆発魔法を放っていくが、高速で飛行するグリフォンに狙いの定まらない爆発を命中させるのは至難の業だった。 詠唱時間がほとんど必要ないルイズの爆発魔法を武器として、シルフィードの素早い旋回と高速移動を駆使してヒット&アウェイを繰り返す――のがルイズ達の基本戦術だったが、片目しか使えない為に照準が殆ど合わないのが致命的だった。 数打てば当たる、とばかりに魔法を連発しても、ワルドの付近に爆発を集中させるのも一苦労と言う始末。 それだけでなくワルドからの攻撃をかわすためにシルフィードは高速機動を繰り返している為、体中の血と内臓が上下左右へと振り回されるのも命中を阻む要因だった。 時折グリフォンやワルドに爆発が掠りはするものの、ワルド自身は多少身体が爆ぜた所で何事もないように再生する。グリフォンも元とは言え魔法衛士隊グリフォン隊隊長の乗騎だけあり、多少の負傷では怯みもしない。 数十秒も経たぬ内に渇き始めた喉に唾を飲み込ませ、恐れにも似た焦りをルイズは感じた。 (まずい……このままじゃ、そのうち……押し負けるかもしれない……) 決定力不足はどちらもあるにせよ、操縦者の強靭さの利は圧倒的にワルドに分がある。 こちらは下手に魔法の直撃を受ければ命の危険があるが、ワルドは完全な直撃を受けない限りは倒せないのは数度の交差で証明されている。 せめて両目が使えれば狙いも定めやすいが、今も左目はジョセフに占有されていた。 (ああ! もう! ジョセフ、アンタ邪魔よ! ちょっと引っ込んでなさいよ!) 不満を声にしないのは、せめてもの情けだった。 しかし次の瞬間、左目に映った光景に僅かに言葉を失った。 「……どうしたのよ?」 呪文の詠唱が止まったルイズに、訝しげな声を掛けるキュルケ。 だがルイズはキュルケの疑問に答える事無く、タバサに声を投げた。 「――ミス・タバサ。ワルドのスピードを……少しでも殺せるようにして」 「了解。全員、落ちないように気をつけて」 何故、とは聞かずにすぐさま呪文を唱えてシルフィードの背の上に半円状の風のバリアを張り、シルフィードをグリフォン目掛けて接近させる。 「え!? ちょ!?」 タバサに頼んだルイズ本人ですら、突然のスピードアップに驚きの声を上げた。 「少しの怪我を躊躇っては勝てる相手ではない……『突っ切る』しかない。貴方達も腹をくくって」 突如突撃してくるシルフィードに、好機と見たワルドは風の刃を連射する。 当たれば掠り傷では到底済まない刃の嵐の中を凄まじい加速で敵騎に突撃させられ、きゅい!? きゅいーーー!! とシルフィードが懸命に抗議らしい鳴き声を上げるが、タバサは一向に気に介さない。 数秒も要さず互いの表情の変化が見える距離まで近付いたその時、無理矢理にシルフィードを下降させる。 体長6メイルもある巨体が高速で移動することにより、シルフィードの付近に存在した大気は塊となり、シルフィードの周囲に纏わり付く。しかしシルフィード本体が突然進行方向を変えてしまえば、大気の塊は慣性の法則に従わざるを得ない。 ワルドが駆るグリフォンも、風竜が突撃する速度で巻き起こされた大気の塊の直撃を受けては機動を狂わせざるを得なかった。 グリフォンに命中した大気は爆発するような勢いで拡散して不可視の渦と変貌し、巨大な身体を持つグリフォンを揺さ振っていく。 渦に巻き込まれ大きく体勢を崩したにも拘わらず、それでもグリフォンは再び翼を大きく広げで揺らいだ態勢を立て直す。 こんな状況ですら、ワルドはグリフォンから落ちてはいなかった。 片手で手綱をしかと握り締め、両足は鐙から外れてもいない。 それはワルドの騎乗技術の高さを如実に示すものだった。 「この程度で何がどうなるという訳でも――」 ワルドの言葉はそこで途切れた。 何故なら、彼の両目には見えてはいけないものが見えていたからだ。 「馬鹿なっ! そんなっ……そんなことが……っ、あって、たまるか!!」 思わず漏れたのは、シェフィールドより二度目の生を与えられてからは口にしなかった、明らかな焦りの叫び。 「貴様は……貴様は! 一体何者なのだ!? 貴様は一体何なのだ、ガンダールヴ!!」 青い空と白い雲を突き上げて伸びてくる紫の奔流――ハーミットパープル。 まるで滝が天に遡るようなハーミットパープルは誰の目にも違う事無く、ワルドを目標として迸っていた。 シルフィードに乗ったルイズの存在を、一瞬だけとは言え完全に思考から消し去ったワルドは必死にグリフォンを上昇させて茨を回避しようとするが、茨は凄まじい勢いを僅かにも減ずるどころか、むしろ加速度的に勢いを増してワルドへの距離を縮めていく。 「ち……近付くなっ!!」 風の刃が何振りも生み出されては茨を鋭く切り刻んでいくが、幾ら切り刻んでも茨を駆逐することなど出来はしなかった。 それどころか、時間が経つごとに刃は茨を傷つける事が出来なくなっていく。 最初は一振りで何本もの茨を切っていた刃が、一振りが三本、二本、と切る数を減じていき、やがて一本の茨を断つのに数本の刃を要するほどになっていた。 ワルドの精神力が枯渇しているわけではない。 ハーミットパープルが、さしたる時間も要さないうちに進化を遂げていたのだ。 ワルドが高速で逃れようとすれば追う速度を増し、切り払われれば耐久力を上げる。 ワルドは知る由もない。 スタンドとは生命エネルギーが作り出す、パワーを持つヴィジョンということ。精神力次第で能力が高まるということ。ハーミットパープルの能力は遠隔視、念写、探索ということ。 それらをワルドは知らない。知るはずもない。 今、ジョセフが落ち行くニューカッスルの岬に両足でしかと立ち、右手を空に向けて振り上げている事など、判るはずもなかった。 * ルーンが太陽の如く輝く左手にはデルフリンガーを固く握り締め、空高く掲げた右腕からは大木と見紛う大量の茨がワルドへ向かって奔っている。 無論、何の代償も払わないままでは、例えガンダールヴの能力を駆使したとしてもハーミットパープルがこれだけの劇的な効果は発揮できない。 ジョセフは自らの生命エネルギーと精神力を、絞り出せる限り搾り尽くしていた。 「逃げ足だけは……大したモンじゃあないかッ……この、若造が……ッ!」 先程受けた挑発を不敵な笑みの形に歪めた口から吐き出す。 ジョセフは自分のスタンドがどのような能力を持っているか、何が出来て何が出来ないのかをよく理解している。 だから彼は、ニューカッスルに降り立つとすぐさま一縷の望みを賭けた博打として、その場所へ走った。 『昨夜切り落としたワルドの左腕があるはずのゴミ捨て場』へ。 結果、ジョセフは賭けに勝った。 屋根付きのゴミ捨て場は崩壊した城に巻き込まれず、捨てられていた左腕もゴミに混ざって残っていた。 後はワルドの左腕を媒介とし、ハーミットパープルでワルドを『探索』させるだけ。 左目に映るルイズの視界には、必死にハーミットパープルから逃れようとするワルドの姿がはっきりと見えている。 僅かにでも油断すればハーミットパープルに巻き付かれる状態では、ルイズ達にも満足な攻撃を仕掛けることは出来ない。 必然的に、少しずつ、しかし確実に包囲網は狭まっていく。 ハーミットパープルがワルドの身体を掠める回数は間隔を縮め、ルイズの爆発もまた段々とワルドを捕らえる様になっていき―― デルフリンガーが、いつもの飄々とした語り口ではなく、興奮を隠さない叫びにも似た声を上げ、鍔口をけたましく鳴らしていた。 「いいぜ相棒ッ! そうだ、俺は六千年前にもお前に握られていた! 今、俺が見ているのは間違いなくガンダールヴの姿だッ! 神の左手ガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾! 左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる……そのままだ! 俺は、お前と一緒に戦ったッ!」 デルフリンガーの言う通りだった。 左手に剣を握り締め、右手からハーミットパープルを伸ばすその姿。 遥か上空へと伸びる紫の茨は、巨大な槍を掲げる姿を想像させた。 「だがッ! そんな伝説の使う技に名前がないんじゃ締まらないッ! だから俺がお前の技に名前を付けてやるッ!」 熱狂したような叫びに、今まで返事をしなかった……いや、することの出来なかったジョセフがやっと口を開いた。 「奇遇じゃなッ……わしもずっと考えてたッ……じゃが、叫ぶタイミングがなかったッ……」 今、ワルドは巨大な掌にも似た茨の中に囲まれていた。 遂に一本の茨が風の刃を耐え凌ぎ、ワルドの脚を捕らえた。 逃げようとするグリフォンと絡め取ろうとする茨に引っ張られ、ワルドの身体が凄まじい勢いで折れ曲がる。 「んじゃあよ、一緒に叫んでみようぜ! ここがクライマックスなんだからなッ!」 「おうよッ……それじゃいっちょ叫んでみっかァ……!」 それを切っ掛けとして、茨達が一斉にワルドに飛び掛る。 デルフリンガーが叫ぶ。 「行くぜッ! これが伝説の使い魔、ガンダールヴの力ッ!」 続いてジョセフが叫ぶ。 「コオオォォォオオオッッッ!! 響け波紋のビィィィィィトッッッッ!!!」 もはやワルドは茨から逃れることは出来なかった。 無数の茨がワルドの全身を縛り上げ、凄まじい力で締め上げ、動きを封じられ。 茨を伝って昇る波紋が、ワルド目掛けて疾り―― 老人と剣の叫びが、重なった。 「ハーミット・ガンダールヴ・オーヴァドライブッッッ!!!」 * ルイズは見た。 キュルケも、ギーシュも、タバサも、シルフィードも。 遥か地面へ向かって落ちたはずのジョセフにしか出せない紫の茨。 それは少年少女達の目には、茨ではなく、大樹のようにすら見えた。 時間にすれば僅かな間でしかなかった。 シルフィードが特攻じみた接近を仕掛けてから、たった十数秒のこと。 ワルドを捕らえた茨が、太陽の光にも似た光を放つ。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!?」 死んだ肉体に満ちているのは水の精霊の力。 波紋は自由自在にワルドの身体を満たす精霊の力を疾走し、増幅させ……暴走させた。 瞬間的に膨張させられた精霊の力は、器であるワルドの肉体では耐え切れず、炸裂した。 「わ……私はッ! 不死身なのだッ! こんなッ……こんな、黴の生えた老いぼれなんぞにッ!」 ワルドの首が、空に吹き飛ばされる。 それでもなお、ワルドは叫ぶ。 「この私が! 死ぬだと!? 有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ないッ……」 うわ言の様に叫ぶワルドの声は、ルイズ達に届いていた。 ルイズは、ただ。 一つ、深く呼吸をして。 「……貴方を殺すのではないわ、ワルドさま」 目の端から空に飛ばされる涙の粒を拭うこともなく。 「これは、貴方を救うことなのよ」 杖を、『ワルドだった』者へと向けた。 ――それに人間、終わりがあるから生きてけるんじゃ。終わりが無くなれば、狂うしかないんじゃよ。狂うしか、な。 かつてジョセフが自分に向けていった言葉。それが不意に頭の中で再生され、ルイズは深く頷いた。 「ジョセフ……アンタの思いが今、言葉でなく心で理解できたわ……私は、貴族として、人間として……」 たった一言、呪文を唱え。 ワルドの首は大きな爆発に巻き込まれ、アルビオンの空へ霧散した。 彼の意識が消し飛ぶ瞬間、黄金の輝きが確かに彼の視界を満たした。 しかしその輝きを見たことは誰にも伝えられることはない。 誰にも知られることは、なかった。 To Be Contined →
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ヴェストリの広場に立つ、決闘者二人。相対距離はおよそ20メイル。 一人はギーシュ・ド・グラモン。 それに対するはジョセフ・ジョースター。 向かい合う決闘者を囲む貴族の少年少女達。 まだ昼食も終わったところだというのに、ギーシュの災難はなおも続行中だった。 二股がバレたといっても、これはかなりの誤解が含まれている。 モンモランシーが本命だというのはギーシュ自身も認めている。人前ではそっけない態度だが、二人きりになると意外と古式めかしく情が深い。モンモランシーを憎からず思っているから、彼女手製の香水を身に付けているし、瓶だって肌身離さず持っている。 周囲曰く所の『浮気相手』のケティからは好意を寄せられているが、ギーシュ本人としては浮気以前のレベルである。 健全な少年であるギーシュには、好意を寄せてくる相手を邪険にする理由はない。毎日挨拶するし、手を握ったり遠乗りに付き合ったりもする。 だがそれが裏目に出た。 ギーシュとしてはお愛想を振り撒いているだけのはずだったが、当のケティがギーシュの想像以上にギーシュにのめりこんでいたのだった。 それに気付いたギーシュが、如何にしてケティを傷付けずそれとなくお別れするかを考えていたところ、気の利かないメイドが迂闊にも香水の瓶を拾ってしまった。 しかも不運なことに、スキャンダルに飢えた友人達が面白半分にそれを囃し立てたのだ! ケティが大声で吹聴した勘違いを運悪く聞いてしまったモンモランシーからは、ワインを頭から引っ掛けられて絶交を宣告された。 最愛の人には最低の振られ方をするし友人達は更に面白がるわで、ピンチの真っ只中に放り込まれて混乱したギーシュは、瓶を拾っただけのメイドに八つ当たりをしてしまった。 友人達からの槍玉がメイドに向いて、これでひとまず急場を凌げたと思ったら……あの忌まわしい『ゼロ』のルイズの使い魔……平民の老人から突然手袋を投げ付けられて決闘を挑まれる! 『なんだ、僕がどんな悪事を働いたというんだ! ここまでの仕打ちを受けなければならない理由が何処にある! くそ! くそっ!』 高慢にも貴族に自殺の手伝いをさせようとする老人が何もかも悪い、とギーシュは責任転嫁を終了させていた。幾つかの不運が重なったにせよ、彼自身の脇の甘さが招いた事態だという真実は彼の頭の中から完全に抜け落ちていたのだった。 (……さぁて。大口叩いたはいいものの、メイジとやらの実力がどんなモンかまぁったくわからんからのォ~。これが他の五人なら気にせんと真正面から戦って勝てるんじゃろうが) 脳裏に浮かぶのは、エジプトまで共に旅をした仲間達。 それに対して自分が使えるのは波紋にハーミットパープル、それとイカサマハッタリ年季の違い。力押しで戦えるほど若くはない。 だがジョセフは、目の前の坊やをさしたる障害として認識していない自分に気付いている。 吸血鬼、柱の男、スタンド使い……彼らにあった紛う事のない殺気や凄みの欠片すら、目の前の少年は持ち合わせていない。それどころか、この期に及んで今の状況を戦いだと認識できていない。ただ身の程知らずの老人を甚振るだけの見世物の場としか考えていない。 しかしそれでもジョセフは、目の前の少年を『敵』として認識していた。 貴族の前でも怯えや恐怖を見せることなく、余裕綽々と言った様子で立っているジョセフ。 それを見るギーシュの気分がいいはずもない。勢い良く薔薇の造花を突き付けると、芝居がかった態度で、ジョセフに向けてというより、周囲の観客に向けたセリフを叫んだ。 「いいだろう……どうせ老い先短い人生だ、この武門の名門グラモン家嫡子、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンがお前の人生に美しくピリオドを刻んでやろう! ああ……そうそう、お前に一つ言っておく事がある」 自分の世界に陶酔し切ったギーシュは、セリフを吐くごとにどんどん自分のカッコ良さとやらに耽溺していく。周囲の人垣からもちょっと笑い声が混じる。 しかしジョセフはそれに頓着する様子もなく、右手の小指で耳をほじりながら口を開いた。 「次にお前は『僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね』と言う」 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。まさか文句はないだろうね……ハッ!?」 ドッ、と笑い声が周囲から上がる。 優雅さを気取っていたギーシュの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まったのは言うまでもない。 「……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ……貴族への軽口の代償を平民が払い切れると思うなッ!!」 著しくプライドを傷付けられたギーシュは歯軋りさえしながら、力任せに薔薇の造花を振り下ろす。 一枚の花びらがゆらゆらと宙に舞ったかと思うと、それは瞬時に膨れ上がり、あっと言う間に女性型の巨大な人形へと変貌した。 青銅の緑に輝く『彼女』の背丈は200サント、ジョセフより僅かに高い。 フォルムも美しい流線型で、女性の美しいボディラインを再現しきっていた。四足歩行やキャタピラということもなく、両腕両足のスタンダードな二足歩行型だった。 「あははははははっ、見ろ! これが『青銅』のギーシュが生み出す美麗なゴーレム……その名も『ワルキューレ』だ!」 既に勝利を確信したギーシュの高笑いと、これから始まる惨劇を期待する観客達の熱い視線がジョセフを包み込む。 だがジョセフ本人は、ワルキューレと称された人形をただ観察していた。 (ほう。青銅とかなんとかのたまってたが……だとすると青銅製の自動人形じゃと考えていいわけじゃな。あれだけ自信があるんじゃから、実際の攻撃力もそれなりにあるんじゃろ。……んまあ、殴られたら痛いじゃろうなァ。なかなか重そうな腕をしとる) 耳をほじっている右手を下ろしながら、ゆっくりと波紋を練り込んでいく。 うっすらとジョセフの身体が発光するものの、昼下がりの日差しの中でほのかな光に気付く生徒はあまりおらず、数少ない生徒達も目の錯覚だと断じてしまった。 「さあ行けワルキューレ! 不遜な平民を痛めつけてやれ!」 ギーシュがその言葉と共に薔薇を振り下ろした瞬間、ワルキューレは短距離走選手のような速度とフォームでジョセフへと駆けていく。 ギーシュは勝利を確信し、シエスタは両手で覆った顔を背け、キュルケは養豚場の豚を見るような目をし、ルイズは部屋で不貞腐れ。 ジョセフは慌てず騒がず、自分に駆け寄ってくるワルキューレが勢い良く左腕を振り上げ、風を切り裂いて自分の頭上に振り下ろされる拳を眺め―― ついさっきまで耳をほじっていた右手の小指を、す、と差し出す。 それでワルキューレの拳は完全に止まった。 「………………なっ………………?」 理解できない光景が展開していた。 図体が大きいとは言え、ジョセフは間違いなくメイジではない。ただの平民である。 だが、ワルキューレの渾身の一撃は、無造作に差し出されたジョセフの小指で完全に止められていた。 「んあー。いい一撃じゃったのう。ただ一つ問題があるとすれば……」 ワルキューレは自らの全体重をかけてジョセフを押し潰そうとするが、まるで老人は巨木でもあるかのように老人はびくともしない。かと言って後ろに引こうとしても、まるで地面に吸いつけられたように足が動かない。押すも引くも、ワルキューレには許されなかった。 「このワルキューレちゃんのパンチよりか、わしの耳クソの方がより手応えがあるってぇことじゃないかのォ?」 事も無げに言い放つジョセフは、あくまでも飄々とした態度を崩していない。 対してワルキューレは全身を軋ませるほど無理な駆動を強いても、そのままの体勢から身動き一つすら取る事ができない! 「ばっ……馬鹿な! 貴様ッ……何をしたッ! 何をしている!?」 懸命に薔薇を上下させながら、ギーシュは絶叫にも似た問いを投げ付ける。 「そんぐらい自分で考えんと成長できんぞ、お貴族様のお坊ちゃま」 差し出した指先に蝶を止まらせてますよ、と言わんばかりの涼しげな声で答えを返しながら、ジョセフはワルキューレの腹に左手を当てた。 (ハーミットパープルッッッ) 紫の茨はワルキューレの内部でくまなく伸ばされる。万が一にもワルキューレの外に茨を出して観客達に見えてしまわないよう、そこだけは十分に注意する。もはや波紋は見せるしかないとは言え、切り札であるスタンドはまだ注意深く隠しておかなければならない。 一瞬のうちにワルキューレの内部は紫の茨で占められる。 どう戦うにせよ、相手の正体を把握せねばならない。その為にハーミットパープルを発動させ、内部構造を理解する。 (ふうむ。中はかっちり隙間なく青銅じゃな……関節もいい感じに作っておる。おそらく魔力とやらで動かしておるんじゃろうが……この魔力は、生命エネルギーとおおよそ同じと考えていいじゃろうな。 そもそも四大元素が自然の中に存在するエネルギーと考えれば、波紋の親戚のようなモンと言ってもあながち間違っちゃおらんのう) 解析し、大体の見当を付けるまでおよそ五秒。 ハーミットパープルを解除し、左手を離し―― (果たして波紋は魔力に干渉するのか! まずはそれを試すッ!) 「たっぷり波紋を流し込んでやろう!! 響け波紋のビィィィィィトッッッ!!!」 気合一閃! ジョセフの左アッパーが、動きを封じられたワルキューレのボディにめり込み…… コンマ数秒前までワルキューレだった残骸は美しい青空をバックに空高く飛び散り、ヴェストリ広場に降り注いだ。 地面に金属が盛大に降り注ぐ音と鳥の鳴き声が、時ならぬ静寂の中では大きく聞こえる。 薔薇を振りかざしたまま固まるギーシュ。地面に散らばったワルキューレの残骸やジョセフを見つめる観衆。 アッパーカットを振り抜いた体勢のまま固まるジョセフ。 (あ……あっれェ~~~~~? い、今……何が、起こったんじゃ……) 高々と掲げられた左手を包む手袋の中では、使い魔のルーンが鮮やかに輝いていた。 しかし手袋の中で輝いても、ジョセフ自身の目にも見えはしない。 (波紋って……こんなに強かった……かのォ~~~~~~!!?) To Be Continued →
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風景を薄っすらと染める朝もやの中、ジョセフ達は馬に鞍をつけていた。 三人とも普段通りの格好をしているが、長い時間乗馬し続けなければならないということで、普段の靴ではなく乗馬用のブーツを履いていた。 距離があるにせよ、さしたる不安はジョセフにはない。 一睡もせずに主従揃って侃々諤々の大討論を繰り広げたものの、部屋を出る前に波紋をルイズに流したので、彼女からは十時間熟睡して目覚めた朝のように眠気も疲労も消えている。 デルフリンガーは意外と長尺の剣なので背中に背負うか腰に差すか悩んだが、利便性を考えて左腰にぶら下げることとなった。 「ところでジョジョ。僕も使い魔を連れて行ってもいいかい」 「なんじゃギーシュ、お前も使い魔なんか持っとったんかい」 「そうでなかったら僕も進級出来てないじゃないか」 「そう言えばあんたの使い魔って見た事がないわね。なんだったっけ?」 ルイズの問いに、ギーシュは地面を指差した。 「ああ、ここにいるよ」 「何? 見えないわよ。アリンコでも使い魔にしたの?」 ルイズが目を細めながら地面を見ていると、ギーシュはくすりと笑って後で地面をノックした。 すると地面がぼこりと盛り上がり、そこから茶色の巨大な頭と前足が現れた。 「……何じゃこれ」 「……私に聞かないでよ」 すぐには正体が判らない二人をさておいて、ギーシュは地面に跪いて茶色の生き物を抱きしめた。 「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!」 「あーと。なんじゃそのでっかいモグラみたいな生物は」 「見たまんまじゃないかジョジョ! これが僕の可愛い使い魔のヴェルダンデだよ!」 「……ああ、ジャイアントモールだったの?」 ルイズの言う通り、それは巨大モグラだった。大きさは小熊ほどもある。 「そうだよ。ああヴェルダンデ、君は相変わらず可愛いね。どばどばミミズはたくさん食べたかい?」 モグモグモグ、と嬉しそうに鼻をひくつかせてつぶらな瞳で主人を見上げるモグラ。 「そうか、美味しかったかい!」 ギーシュは巨大モグラを抱きしめて頬ずりしまくっていた。 「……色々コメントに困るのう」 モンモランシーとの橋渡しをしたことをちょっと後悔したジョセフである。 主にモンモランシーにいらんことしちゃったかなーという類の。 「でもギーシュ、いくらなんでもアルビオンにモグラは連れて行けないわよ。留守番させなさい」 「そんな! こう見えても僕のヴェルダンデは馬と同じくらいの速さで土を掘れるんだよ!」 モグラはおー、と言わんばかりに前足をちょこんと上げてそうだそうだと主張した。 「あの国で地面掘ったりする生き物なんか危ないからダメよ」 きっぱりと言い切るルイズの言葉に、ギーシュは愕然と膝をついた。 「ああ、何という事だヴェルダンデ! 熾烈な運命は僕達を引き裂くんだね!」 脚本主演観客総勢一人の芝居に明け暮れる主人をさておいて、モグラはのそのそと穴から這い出るとルイズへと近付いていく。 「な、なによ」 つぶらな瞳で見上げてくるモグラに気圧されたルイズを、モグラが勢いよく押し倒した。 「ちょ、ちょっと!? 何するのよ! やめ、どこ触ってるのよ!」 鼻先や前足で美少女の身体をまさぐるモグラ。 当然ルイズが大人しくしているはずもないので、抵抗しようと暴れた結果色んなところがめくれたり露になったりするわけである。 「オイコラ。アレは何をしとるんじゃ」 特に押し迫った危険がないようなので静観しているジョセフと、少々首を傾げたギーシュ。 「んー。ヴェルダンデは危害を加えるつもりはないんだけれど……ルイズ! 何か宝石とか身に付けてないかい!」 「ほ、宝石!? それがどうかしたの!」 「ヴェルダンデは僕のために貴重な鉱石や宝石を見つけてきてくれるんだ! ルイズが何か高価な宝石をつけてるから、それに反応してるみたいだよ!」 ギーシュの言葉通り、右手の薬指にはまったルビーを見つけるとそれに鼻先を擦り付ける。 「この! 無礼なモグラね! これは姫様から頂いた指輪なのよ!」 必死にモグラからルビーを逃そうとするルイズと、宝石に追いすがろうとするヴェルダンデ。 これはどっちも引く気配がないと見たジョセフは、やれやれと苦笑しながら一人と一匹の間に割って入ろうとモグラと主人の間に手を差し入れた瞬間。 一陣の風が二人と一匹の間に舞い上がり、ジョセフごとヴェルダンデを吹き飛ばした。 ヴェルダンデは地面に転がって目をくるくる回し、ジョセフは腰をしたたかに打ちつけた。 「誰だッ!」「誰じゃッ!」 二人の男がそれぞれ激昂しながら叫ぶ。 すると朝もやの向こうから、一人の長身の貴族が歩いてくる。 羽帽子が目立つシルエットを見止めたジョセフは、レストランで頼んだ料理に髪の毛が入ってた時と同じくらいのしかめっ面を見せた。 「貴様ッ! 僕のヴェルダンデになんてことをッ!」 ギーシュは怒りに任せて薔薇の造花を振りかざしたが、羽帽子はそれよりも早く杖を引き抜いてギーシュの薔薇を吹き飛ばす。 辺りに舞い散る薔薇の花弁が地面に落ちもしないうちから、ゆっくりと言葉を並べ立てる。 「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行することを命じられた。任務が任務だけに、一部隊をつける訳にも行かない、と僕が指名されたというわけだ」 ジョセフとおおよそ同じくらいの背丈の貴族は、羽帽子を取って一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長。ワルド子爵だ」 文句を言おうとしたギーシュは、余りにも相手が悪いと口を噤まざるを得なかった。 トリステイン貴族の憧れである魔法衛士隊の隊長の実力は、ギーシュも十二分に理解している。 「すまないね、婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なかったのでね」 「フン、剥がそうとしてたわしまで吹き飛ばすたぁいい度胸じゃなッ」 婚約者、という単語を耳にしたジョセフの機嫌が更に急降下していった。 ヴェルダンデから解放されたルイズは、立ち上がることも忘れてワルドを見つめていた。 「ワルド、様……」 ワルドは朗らかな笑みを浮かべながら、ルイズに駆け寄ると彼女を抱き上げた。 「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ! 相変わらず君は軽いね、まるで羽毛のようだ!」 「お……お久しぶりで御座います」 突然のことにも、悪い気分はしないのか頬を赤らめてうっすらと笑みを見せていた。 そのルイズの様子も、更にジョセフの機嫌をより一層悪くしていく。 「あ、あの、恥ずかしいですわ……」 「ああ、すまない! 僕の可愛らしい婚約者に久しぶりに会ったものでね、ついはしゃいでしまった! ところで、彼らが今回の仲間かい? 旅を共にするんだ、自己紹介と行こうか」 と、ルイズを下ろしてもう一度羽帽子を被り直したワルドは、ギーシュとジョセフに向き直った。 「え、ええと……ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のジョセフです」 ルイズがそれぞれを指差して紹介すれば、ギーシュは深々と頭を下げた。 ジョセフは不本意そのものな顔はしながらも、一応会釈くらいはした。 「御老人、キミがルイズの使い魔かい。人とは思わなかったな」 (ケッ! ガキにタメ口叩かれる覚えなぞないわいッ!) 学院の友人達と同じような口調と態度で話しかけられて、ジョセフの眉間には深々とした溝が刻み込まれた。 もし敬語で話しかけられても眉間の溝は同じ深さになっていただろう。 とどのつまり、嫌いな相手から何をどうされようが不愉快なことに変わりはない。 「僕の婚約者が世話になっているよ」 「そいつぁどーも」 ジョセフは目の前の男を軽く一瞥して品定めした。 色男なのは認めてやってもいい。だがどうにもいけすかん雰囲気がプンプンする。 こうやって向かい合えば、いやぁな目をしてるのが丸判りだ。 まるで仮面つけたまんま人と話してる様な……使い魔が人だろうと動物だろうとどうでもいい、という目だ。 しかも微笑みがすこぶる上手なのがより一層腹が立つ。この仮面の裏に隠した素顔がどんなものかは知らないが、この目からしてろくなモンじゃないだろう。NYにいた頃に、自分を騙そうと近づいてきた連中と似た、ゲロ以下の臭いが漂ってきそうだ。 ジョセフは舌打ちの代わりに、軽い溜息をつく。 ワルドはジョセフの様子を見て、何やら誤解したらしく朗らかな笑みのままジョセフの肩を叩いた。 「どうした? もしかしてアルビオンに行くのが怖いのか? キミはあの『土くれ』のフーケを捕らえたんだろ? その勇気と才覚があれば、姫殿下の任務も容易くこなせるさ!」 と、豪快に笑うワルドを前にしても、ジョセフの目はあくまで冷淡だった。 (ホリィを掻っ攫ったあの日本人だって、ホリィにあんな目を向けたこたァ一度もないッ) だがルイズはそんな彼の目の光に気付く様子もなく、どうにも落ち着きをなくしている。 ジョセフの口の中に、どうにも苦い味が広がるのを止める事は出来なかった。 ワルドが口笛を吹くと、朝もやの空からグリフォンが降り立ってきた。 ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手を差し伸べた。 「おいで、ルイズ」 ルイズはしばらく躊躇いながらも、意を決して差し伸べられた手を取った。 それを見るジョセフは、口の中に詰め込んだ苦虫を咀嚼して飲み込んでいるような表情を隠そうともしなかったが、それを見ていたのはギーシュだけであった。 「では諸君! いざ行かん、我らが姫殿下の御為に!」 杖を掲げて叫ぶワルドのグリフォンが駆け出していく。 グリフォン隊隊長の後ろを付いていくギーシュは感動の面持ちで馬を走らせていき、ジョセフも苛立ちを隠さないまま馬を進ませていく。 いけすかない、から信用ならない、に警戒レベルを上げた男を見上げながら、ジョセフは深く帽子を被り直した。 最初の目的地であるラ・ロシェールはトリステインから早馬で二日ほどの距離にある。 だが学院を出発してからというもの、ワルドはグリフォンをひたすら走り続けさせていた。 途中の駅で馬を二度ほど交換したが、グリフォンは疲労の欠片すら見せずに当初からの速度を崩さず空を駆け続けている。 「グリフォンっつーのはあんなにタフなモンなんか」 「……いくら幻獣だって行っても、あそこまでタフなのはそうはいないはずだよ」 馬は交換していてもまだ背筋を伸ばして騎乗しているジョセフと、少々疲労の色が濃くなってきたギーシュは、前方を大きく前に出るグリフォンを見上げて話していた。 ジョセフは波紋を全身に流している為に疲労も少ないが、ギーシュはそうもいかない。 ギーシュがへばっているために、駅に着くたびに幾らか波紋を流して疲れを軽減してはいるが、常に波紋を流せないのでちょくちょくへばってしまうのだ。 「つーか、急ぎの任務なのは判るんじゃが……あいつ、どうにもわしらを置いていこうとしてるような気配じゃな」 ワルドのグリフォンは隙あらばジョセフ達を置いてきぼりにしようとするかのように、速いペースで休みなく駆け続けている。 「……そりゃそうだ、直々に任務を請け負ったルイズと栄えあるグリフォン隊隊長がいれば、使い魔と立ち聞きしてただけの僕なんていてもいなくてもいいだろうからね」 時折ルイズが後ろを向くと、グリフォンは少々スピードを緩めるが、それも少し時間が経てばまたスピードは元に戻っていく。 「ルイズが心配してくれちゃーおるみたいじゃがな」 最初はぎこちなく見えたルイズの振る舞いも、段々と親しげなものになっているのが見て判る。 「それにしてもルイズも公爵家の生まれだってことをよく忘れられるけど、まさか婚約者がグリフォン隊の隊長殿だなんてね。やはりヴァリエールは名門だな」 感心したようなギーシュの言葉に、ジョセフの顔に再び苦味が走る。 グリフォンの上ではワルドが親しげにルイズと会話するだけではなく、時折馴れ馴れしく肩を抱いたり手を繋いだりしている。 可愛い孫娘が他の男と親しげにしてるだけでも腹立たしいのに、その男はあまりにも信用ならない雰囲気を漂わせている。 しかもルイズがそれに微塵も気付いていないというのが怒りに拍車をかける。 ここでルイズに「あの男は信用ならんから付き合うな」と言っても聞いてくれないことは請け合いである。 ああいう状態の少女に年長者が何を言っても無駄なのは十分理解している。 だがそれで諦めがつけられるか、と言われれば付けられる筈がない。ジョセフ・ジョースターは年のワリに若いとよく言われるが、精神年齢は波紋を流さずともかなり若かった。 「おやジョジョ。何やら剣呑な目つきだけれど……やはりあれか。婚約者と言えども敬愛するご主人様を取られるのはやはりシャクかい? それとも目に入れても痛くない孫娘を他の男に持っていかれるのは頭にくるのかい?」 ジョセフがグリフォンを見上げる視線の質に気付いたギーシュが、にまにまと笑った。 「あん?」 ぎろり、と睨む視線にも竦む気配さえ見せずに、なおも調子に乗って言葉を続ける。 「もしかして、ヤキモチかい? ご主人様に適わぬ愛を抱いたのかい!? 忠告しておくけれど、身分違いの恋は昔から悲劇の種って相場が決まってるんだぜ?」 「やかましいわい。あんまり過ぎた口叩いとるとお前の彼女にオイタをバラすぞ」 「なんだい、あれから僕はモンモランシーに知られて困るようなことは」 「四日前。夜の中庭。栗毛のポニーテール」 「すまなかったジョジョ、もう二度とそんな口はきかないよ」 お口にチャックをしたギーシュから視線を外すと、ルイズが自分を見ていることに気付く。 軽く結んだ唇を開けないまま、ひとまずひらりと手を振って見せた。 馬を何度も換え、休みなく走り通した一行は出発した夜のうちにラ・ロシェールの入り口へ到達した。 早馬でも二日かかる距離を一日足らずで踏破したという計算になる。 だが港町と聞いていたのだが、ここは明らかに海とは無縁な険しい山々に囲まれた山道である。潮の匂いなど微塵も漂ってこない。 それからまたしばらく険しい岩山の間を進むと、峡谷に囲まれた街が見える。 街道沿いに岩を穿って建てられた建物が並ぶ、港町と言う単語からは縁遠い街並みだった。 「ああ、やっと着いた! すごい強行軍だった」 ギーシュの言葉に、ジョセフは怪訝そうにラ・ロシェールを見た。 「ここが港町か? どう見たって山ん中じゃあないか」 「なんだいジョジョ、アルビオンを知らないのかい?」 休憩のたびに波紋を受けたとは言え、疲れは隠せない。 しかし有名なアルビオンを知らない、とのたまうジョセフに、ギーシュは一種の優越感めいたものを滲ませながら言葉を掛ける。 「見たことも聞いたこともないからの」 「それはないだろうジョジョ!」 ジョセフが異世界から来たということを知っているのはルイズとオスマンだけである。 この世界の常識と非常識の区別さえあまり明確ではないのは仕方のないことだった。 「知らんモンはしょうがないわい」 と、この旅の恒例行事になりつつある老人と青年と実りのない口論が再び始まろうとしたその時。 不意にジョセフ達が駆る馬目掛けて、煌々と燃え盛る松明が何本も投げ付けられた。 峡谷を照らす炎に、馬達は恐れおののいて前足を高々と上げようとしたが、まるで彫像のように馬達はぴたりと足を止めた。 「ギーシュッ! 盾を錬金するんじゃッ!!」 松明が投げ込まれた瞬間に、ジョセフは自分の馬に波紋を流して動きを止め、続いてギーシュの馬にも地面を這わせたハーミットパープルで波紋を流し込んで動きを止めていた。 そのため、驚いた馬から振り落とされるという事態を避ける事は出来た。 ジョセフ自身は素早く馬から降りつつ、反発する波紋を流した馬の陰に隠れ、馬を盾代わりにしていた。 「え、あ!?」 何が起こったのか判らずあたふたしているだけのギーシュと馬の陰に隠れたジョセフに目掛け、何本もの矢が夜闇を切り裂いて降り注ぐ。 「ギーシュ!!」 風を引き裂いて降り注ぐ矢を波紋やハーミットパープルでは防ぐには、少し距離が遠い。 すわ、ギーシュが矢の針鼠になろうかと言うのを救ったのは、突然に現れた小さな竜巻だった。 竜巻は降り注ぐ矢を全て打ち落とし、呆然と馬に乗ったままのギーシュにワルドが声を投げた。 「大丈夫か!」 二人に飛ぶ声に、ジョセフは素早く身を走らせてギーシュを馬から引き摺り下ろし、今度はギーシュの馬に波紋を流して即席の盾とした。 「こっちは大丈夫じゃ!」 チ、と舌打ちしたジョセフは、腰に下げたデルフリンガーを鞘から抜いて構える。 既に戦闘態勢に入っていたジョセフの手袋の中ではルーンが輝いていたが、不自由な鞘から抜け出してやっと喋れる流れとなったデルフは、安堵したかのような声を漏らした。 「ひでえぜ相棒、たまにゃ鞘から抜いてくれよ。退屈すぎて死ぬかと思ったぜ」 「すまんな、すっかり忘れてたわい」 軽口に軽口で返しながらも、矢の飛んできた崖を見上げる。 奇襲が失敗したからか、今は向こうも様子見しているらしく矢が飛んでくる気配は見られない。 「ななななななんだ、夜盗か!? 山賊か!? それともアルビオンの貴族連中か!?」 錯乱して薔薇の造花を無闇矢鱈に振り回しているギーシュの頭を軽く小突いて「落ち着け」と言うのはジョセフの役目である。 「メイジがおるんなら松明や矢なんてまどろっこしいモン使わんじゃろ。と言うよりこっちの夜盗や山賊はグリフォンに乗ったのを襲うほど肝が据わってるんか?」 口に出して考えてみて、その可能性は相当に低いと考える。ハルケギニアでメイジと平民の戦力差と言えば、剣や槍だけで戦車と戦おうと言う事と同義語である。 ただ馬に乗ってるだけなら間違えて襲うかもしれないが、どう見ても見間違えの出来ないグリフォンが月明かりを浴びて空を飛んでいる。 あれに構わず襲い掛かるとなればよほどの自信があるか、それとも戦力差も理解できない本物の馬鹿か。むしろそれよりは、貴族派の手の者と言う可能性が高いだろう。 「まァあれじゃ、あいつらブッちめんとならんからな! ギーシュ、ワルキューレでまずあの炎を消すぞッ!」 「あ、ああ!」 ギーシュが慌てて薔薇を振ると、一枚の花弁が両手持ちの盾を掲げたワルキューレになる。 盾を持ったワルキューレが身を挺し、峡谷を照らし出す松明を消しに行くのを見届けながら、続いてもう一体のワルキューレを錬金する。 そのワルキューレは数日前にジョセフと相談の上でデザインされた、新たな形態のワルキューレ。 巨大なボーガンを捧げ持つように構える両腕を持ち、青銅の弾丸として取り外せる一個4キロ前後の球形で形成された胴体を持つワルキューレ。 ジョセフの求めた性能とギーシュの造詣センスが結実した、芸術的な兵器と称していい一品であった。 会心の出来とも言えるこのワルキューレを見上げ、ギーシュは満足げに頷いた。 「フフフフフ。名前を考えてきたんだ。このギーシュ・ド・グラモンがゴッドファーザーになってやるッ! そうだな……『トリステインに吹く旋風!』という意味の『ヌーベル・ワルキューレ』というのはどうかな!」 「フランス語かドイツ語かどっちかにせーよ」 ギーシュ特有の微妙なネーミングセンスに呆れながらも、腰に結わえ付けていた弦を伸ばし、ワルキューレの力を使ってボーガンに装着させる。 身を挺してワルキューレが松明の炎を消したのを見届けると、ジョセフはヌーベルワルキューレの胴体から弾丸を一つ取り、ボーガンに装填する。 人間の手ではとても弦を引くことすら出来ないボーガンも、ワルキューレの腕力を以ってすれば容易く引き絞ることが出来る。 ジョセフはワルキューレに支えさせたボーガンの狙いを定めると、月明かりの下で僅かに人影が動いた崖目掛けて引き金を引いた。 記念すべき最初の射撃は、僅かに狙いを逸らして賊の立つ足元の崖に命中したが、とても4キロの砲弾とは思えないほどの破壊力で崖を揺らす。 あまりの破壊力に、賊達が狼狽している様子が伝わってくるほどだ。 グリフォンを飛ばせているワルドも、ボーガンの射線からやや離れるように距離をとった。 「ほうほう、さすがは『青銅』のギーシュじゃな。破壊力はバツグンじゃッ!」 「あ、は、はははははっ! そ、そりゃそうさ! 僕の魔法とジョジョのアイディアが結実したヌーベル・ワルキューレならあのくらい出来なくちゃ困るからねっ!」 自分の予想を遥かに超えた破壊力に呆気にとられていたギーシュが、ジョセフの言葉に慌てて相槌を打つ。 まともに食らえば人間なら即死する威力を持つボーガンだが、それをガンダールヴであるジョセフが使えば立派な攻城兵器クラスの殺傷能力を持つことになる。 (それに錬金したばかりの金属は魔力の残りカスがこもっとるからなッ! 魔力に波紋を留まらせてブチ込めるから一石二鳥じゃわいッ) ギーシュとの決闘を経てから、様々な実験を繰り返して得た知識である。錬金した金属に波紋が留まるだけの魔力が残る時間はさほど長くはないが、短い時間だけでもいちいち油を塗らなくてもいいというのは大きなアドバンテージになる。 「うっしゃッ! んじゃさくさくっとやッちまうかッ!」 鴨が葱背負って罠にかかったと思っていた賊達も、鴨は自分達を殺しうる狩猟者らしいと気付いたらしく、慌てて一斉に矢を撃ち続けるが、反発する波紋を流され続けている馬は鏃さえ弾くほどの強固な壁としてジョセフとギーシュを保護する。 照準を修正して放たれた第二射も、賊の足元の崖を揺らすだけに終わった。 だがまるで大砲から放たれた砲弾のように地響きと土煙を巻き起こす砲弾は、命の危険を警告するには十分すぎる役割を果たした。 次には直撃するかもしれない、と恐怖を植えつけるのに十分すぎる光景を見た賊達は、命惜しさに一斉に遁走をかけようとした……が。 上空から大きな羽ばたきが聞こえ、その直後に巻き起こった竜巻の網にかかった賊達は、文字通りの一網打尽となって崖から叩き落された。 決して低くもない崖から地面に叩き付けられた賊達は今すぐ逃げ出すことも出来ないまま、痛みに呻くことしか出来なかった。 「風の魔法じゃないか」 グリフォンに跨ったままのワルドが感心したように呟けば、月をバックにして一頭の竜が街道へと降り立ってくる。 その姿を見たルイズは、驚きの声を上げた。 「シルフィード!」 ルイズの言う通り、それは確かにタバサの使い魔の風竜だった。 地面に降りたシルフィードの背から赤毛の少女が飛び降りると、ばさりと髪をかき上げた。 「はーい、お待たせー」 ルイズもグリフォンから飛び降りてから、キュルケに怒鳴りつけた。 「はーいお待たせーじゃないわよッ! 何しに来てんのよアンタッ!」 「助けに来て上げたんじゃないの。あんな朝早くから馬に乗って出かけようとしてるんだから、これはこの『微熱』のキュルケが助太刀に向かわなくちゃならない場面じゃない?」 シルフィードの上のタバサは、パジャマ姿にナイトキャップという出で立ちだった。 間違いなく無理矢理起こされて追い掛けさせられたのが明白な彼女は、それでも本に視線を落として読書に耽っていた。 「ツェルプストー、私達はお忍びでここに来てるのよ。そんな大きな竜なんか連れてこられたら意味ないじゃないッ!」 「だったら先にそう言いなさいよ。本当に気が利かないわねヴァリエール」 「言ったらお忍びの意味がないじゃないッ!」 「はいはい、そんなにきゃんきゃん鳴かないの。貴方達を襲った連中を捕まえたんだから、礼の一つや二つ言ってもらいたいものだわね?」 「別にアンタ達が来なくても私達だけで退治出来てたわよッ!」 二人の口論をよそに、地面に叩きつけられて身動きも取れない男達は一向に罵声を投げかけ続けている。 ギーシュはワルキューレを新たに用意し、男達に尋問を始めた。 「まあまあ、私達友達じゃない。苦しい時は互いに苦難を分かち合うものよ」 誰が友達よ、とわめくルイズをよそに、キュルケはグリフォンに跨ったままのワルドにじりじりと歩み寄っていく。 それからいつものように言い寄ろうとしたキュルケだったが、ワルドにけんもほろろに扱われ、しかもルイズの婚約者だということを知るとすぐさま興味を失って鼻を鳴らした。 (何よ、つまんない男ッ! 美女をあんな氷みたいな目で見るだなんて不躾だわッ!) 自分は不躾でないと自負するキュルケは、内心の思いをいちいち口に出しはしなかった。 それからジョセフの方を見ると、彼はすぐに視線に気付いてニカリと普段通りの笑みを見せて手を振った。 ワルドの冷たい目の後で、ジョセフのにこやかな笑みを受ければ普段の三割増くらいに眩く見える。 本当のダンディとはジョジョの事を言うのだわ、とキュルケは思い直した。 体付きだってたくましいしおひげもワイルドだしいい男だし。同じエッセンスだったら人間味のある方がいいに決まってるわッ! と、今度はジョセフに駆け寄って抱きついた。 「ああんごめんなさいダーリン、本当はダーリンに会いたくて駆け付けたの!」 「おおそうかそうか、二人とも来てくれて本当に助かったぞ」 むぎゅ、と豊満な乳房をジョセフの胸板に押し付けながら、横目でちらりとルイズを見る。 いつもならこの辺りで自分に怒鳴りつけてくるはずだが、ルイズは何か言いたそうな顔はしているものの、ワルドが肩に手を置いて留めている。 ちら、とジョセフの顔を伺えば、そんな様子の二人を見て実に不愉快そうな顔をしている。 これはヤキモチというヤツかしら? と思えば、ジョセフが年甲斐もなく漂わせたいじらしい雰囲気に、ときめいた胸に情熱の炎を燃え上がらせた。 かしましく騒ぐキュルケをよそに、男達を尋問していたギーシュが戻ってくる。 「子爵、あいつらはただの物取りだと言ってます」 「ふうむ。ならば捨て置こう、そんな些事にかかずらっている場合ではない」 二人のやり取りを聞いたジョセフは、突然腰を抑えて蹲った。 「あ、アイチチチチチッ! こ、腰がッ! やっべ、朝に打ったしさっきのアレで腰やッちまったかもしれんッ!」 「え!? ちょっと、大丈夫なのダーリン!」 「おい、どうしたんだいジョジョ!」 キュルケとギーシュが蹲ったジョセフに駆け寄るが、ジョセフは脂汗を浮かべながらも心配するなと言うように二人に手を翳した。 「あー、すまんすまん。ちっとここで休憩してから追いつくから、先に行っといてくれんか。なぁに、タバサの風竜に乗ればすぐ追いつくじゃろ」 シルフィードに乗って読書を続けていたタバサは、ジョセフの言葉にこくりと頷いた。 ワルドはジョセフの言葉に、ルイズとギーシュを見やる。 「ではラ・ロシェールで宿を取るから、キミは出来るだけ早く追いついてきてくれ。朝一番の便でアルビオンに渡る」 とジョセフに言い残し、心配げにおろおろするルイズを抱き抱えてグリフォンに乗った。 そしてギーシュも、やや心配そうにしながらもワルドの後ろについてラ・ロシェールへと走り出した。 そこに残ったジョセフとキュルケとタバサとシルフィードは、見る見るうちに夜闇に姿を消す一行の背を見送る。 時間を置かずに一行の姿が見えなくなった頃、ジョセフは何事もなく立ち上がった。 「え? ダーリン、腰はどうしたの?」 「あんなモン仮病じゃよ仮病。まさかあんなわざとらしい仮病に騙されてくれるとは思わんかったがな」 ジョセフが立ち上がったのを見ると、タバサは本から視線を上げた。 「メイジもいないのにあのように立ち向かう物取りは存在自体が不自然」 タバサの言葉に、ジョセフは我が意を得たりと頷き、キュルケも「そう言えばそうよね」と納得した。 「ギーシュはまあボンボンじゃからしょうがないかなとも思うんじゃが、ワルドがそれをあっさりと信じるっつーのも大概不自然じゃろ。しかも相手はグリフォンに乗っとるわけじゃからな。せめてグリフォンはスルーせんと死ぬじゃろ、高さのアドバンテージがなくなるしな」 じろり、と未だ動けないままの男達を眺めたジョセフは、帽子のつばを親指で押し上げる。 「なんか切り札でもあるんかと思ってたんじゃが、二発ほどボーガンをぶちこまれた辺りで逃げ出そうとしよったからな。切り札があるわけでもないのにわしらにケンカ売ってきた連中がただの物取りだなんて信じられるワケがない」 んんー、と大きく伸びをしたジョセフは、改めてデルフリンガーを抜いた。 「おいおい相棒、せっかくの俺っちをもうちょっと使ってくれよ。いくら温厚で知られる俺っちでもあんまり出番がないとスト起こすぜ?」 カラカラと笑うデルフリンガーを、ジョセフはニヤリと笑って曲げた指の背で叩いた。 「まあまあそういうな。ボーガンに番えられて空の散歩なんぞしたくないじゃろが」 「そいつぁ全くだな!」 剣を抜いたまま悠然と歩み寄ってくるジョセフに、男達はありったけの罵詈雑言を投げ付ける。 いくら武器があるとは言え、魔法のようなボーガンを持っていない図体のでかい老人など傭兵達にとっては脅威の対象に成り得ないのである。 「おっしゃ、もう一度聞くとしようか。お前ら本当に物取りか?」 「何度も同じこと言わせんなクソジジイ、俺達が物取りでなかったら何だって言うんだよ!」 紋切り型の憎まれ口にジョセフは頓着もせず、ハーミットパープルを一人の男に伸ばす。 するとデルフリンガーの鞘口から男の言葉が迸る。 「物取りがメイジにケンカ売るわきゃねーだろこのクソ貴族どもがッ!」 突然聞こえた仲間の告白に、男達が一斉に声の主を見るが、その男は顔面蒼白にして「言ってねェ! 俺はなんにも言ってねェぞ!?」と凄まじい勢いで首を振った。 「なるほど。ではなんでわしらを襲った?」 男はせめてもの抵抗とばかりに口を閉じるが、それは無駄な足掻きでしかなかった。 「美人の女メイジと仮面の男に依頼されたんだよ、馬に乗ったメイジどもがやってくるから襲って殺せってな!」 「ほーほーほーほー。そいつァ聞き捨てならん話じゃのー。他に何を依頼された? ついでに言っておくが、わしの魔法は人の心を読むことが出来るんじゃ。正直に言ったら命だけは助けてやってもいいかもなッ!」 そこからは傭兵達の大暴露大会となった。 この依頼をした女メイジと仮面の男の外見と特徴を逐一聞いた三人は、仮面はともかく女のほうはおそらくフーケだろうと目星を付けた。 死刑か遠島前提で牢獄に叩き込まれたはずのフーケがこんなに早く脱獄した事と、自分達がここに来ることを知った上で傭兵を雇ったという事は、王宮内に間諜が少なからずいる上、王女に近い筋にも入り込まれているということである。 「ねえダーリン、話には聞いてたけどトリステイン王宮ってかなり腐ってるわね」 「わしに言わんとってくれ、ついこないだここに来たばかりなんじゃから」 ゲルマニア出身のキュルケとイギリス出身のジョセフは呆れを隠そうともしなかった。 しかも雇い主は言い値で彼らを雇い、前金だけでもかなりの金額を受け取ったことを知ったジョセフは、迷惑料として傭兵達の有り金を全て分捕った。 傭兵達からあらかた事情聴取を終えたジョセフとキュルケは、暗澹たる現状に嘆息した。 「ねえダーリン、ここまで向こうに何もかもバレてるのってお忍びって言うの?」 「一般的には言わんよな」 この分だと、襲撃が失敗したのも向こうには筒抜けだろう。だが相手の心理を考えるに、二重の備えはしていないと踏む。 この峡谷の襲撃で確実に自分達を殺す為に戦力を集中させていただろう。そして向こうは、こちらを侮っていた。 メイジ達を襲撃するというのに、傭兵達だけで襲撃させたというのが何よりの証拠だ。 成功すれば儲けもの、失敗しても被害がない。 それ以上にジョセフの中では、心に根強く根付いていた疑念が確信の花を咲かせていた。 峡谷に弓を射掛けさせた依頼主……フーケはジョセフやルイズに怨恨があるのはどうあっても明白だ。 空を駆けるグリフォンより、峡谷で動きが制限されるジョセフの方が殺しやすいのは確かだ。 しかもグリフォンに乗っているのは風の魔法に長けたワルドである。傭兵が撃って来た矢など風が軽く撃ち落させるだろう。 だが矢が多ければ、竜巻を展開し損ねた、ということにして矢を防げなかったとしてもワルドに手落ちがあるということにはならない。平民が平民の矢で殺されたところで、問題になるはずがない。使い魔の力量不足、で終わる話である。 それがボーガンのあまりの威力で傭兵達が命惜しさに逃げ出そうとしたところを、更なるメイジの乱入でこんな結果になったという訳だ。 完全な証拠を見出した訳ではないが、ワルドが裏切り者でない可能性は非常に低い、とジョセフは踏んでいた。 もし自分やギーシュが乗馬に疲れて置いていかれれば、あの峡谷で待ち伏せした傭兵達に針鼠にさせられる計画が透けて見えた。 早馬で二日もかかる距離を一日で無理矢理踏破させたのは、ジョセフ達を疲れさせて置いてきぼりにしようとしたのではないか。 しかし二人が懸命についてきたから、傭兵達はグリフォンに乗ったメイジのいる一行を襲う物取りを演じなければならない、間抜けな大根役者になってしまった。 そう考えると辻褄が合う。 「キュルケ、タバサ。どうやらわしらは首根っこにナイフを突き付けられとるようだぞ」 ジョセフは肩を竦め、二人に向き直る。その身振りは「大人しくここで帰っとけ、後はわしが何とかする」と雄弁に語っていた。 だがキュルケもタバサも、帰ろうとする様子は全くなかった。 「何言ってるのよダーリン。こんなことくらいで帰るなら、フーケ討伐になんて付き合ったりしないわよ」 恐れも何もない目で、殊更妖艶に笑ってみせるキュルケ。 タバサもページに栞を挟んで、こくりと頷いた。 「それにダーリン、ツェルプストーの女は死地に向かう友人をハンカチ振って見送るだけの薄情者、だなんて醜聞を立てられちゃたまったものじゃないもの。私達は、ただ単に物見遊山でラ・ロシェールに行くだけ。 ゼロのルイズとそのお仲間が行く先がたまたま一緒だからって、私達が行き先を変える必要なんてどこにもありはしないわ。そうでしょう?」 ジョセフはキュルケの堂々たる宣言に、ヒュウと口笛を吹いた。 「キュルケもタバサも、二人ともホントーにいい女じゃな」 緩く腕組みして笑うジョセフに、キュルケは満足げに頷いた。 「それはそうよ、ツェルプストーの女はハルケギニア一の女だもの。タバサも私と同じくらいだけれど。ヴァリエールに飽きたら、いつでも私の胸に飛び込んできていいのよ」 両腕で両胸を挟み込んで、より胸の谷間を扇情的に主張する。 ジョセフは当然口元をいやらしく緩ませるが、ごほん、と大きく咳払いした。 「うちの主人が独り立ちするようになったら、考えさせてもらうわい」 「あんまり長くは待てないわよ」 冗談っぽくめかして、ジョセフとキュルケは馬に乗り、タバサはシルフィードに乗る。 出発する前にたっぷり波紋を流した馬は、勢いよく駆け出し、まだ身動きの取れない傭兵達の群れに突っ込み、哀れに命乞いする彼らを盛大に踏みにじってラ・ロシェールへ駆ける。 次に考えられる襲撃に備え、少しでも次に来る手勢を減らそうという腹である。次回の仕事どころか、これから傭兵稼業を再開するのも難しいのかもしれないが。 馬に乗る二人は必要以上に陽気に馬を走らせ、タバサは月明かりの下で読書を再開する。 三人の向かう先では、ラ・ロシェールが怪しく街の光を輝かせているように、見えた。 To Be Contined →
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日蝕まで残り三日の昼下がり。 シエスタやマルトー、そしてクラスメイト達に別れの挨拶を告げて回ったジョセフは、授業を自主休講したギーシュやキュルケ達と共にウェールズの居室でチェスやティータイムを楽しみ、世間話に興じていた。 内容としてはさして意味のあるものではない。ジョセフがルイズに召喚されてからの様々な思い出話や、ジョセフの来た世界、地球の話やハルケギニアの話。 ギーシュやキュルケはそんな他愛ない話を絶え間なく続けることで、不意に訪れるしんみりした沈黙を出来る限り排除しようとしていた。 「いやそれにしてもジョジョ、聞けば聞くほど君の話は荒唐無稽だな。いくら大国とは言え、一つの国に何億人もいたり、しかもそれだけの国を統べる王を入れ札で決めるだなんて考えられない。 そんなにころころ王が代わっていたら、代わる度に大事になるんじゃあないか?」 「うむ、こっちほど王……というか、大統領や首相の権力ってのは大きくないがそれなりにデカいし変わるとなりゃ大事だからな。上の頭がすげ変わる間も国の運営が成り立つようにしとるんじゃ。わしの住んどる国なんか四年ごとにやる入れ札はマジお祭り騒ぎだ」 「へええ! 聞けば聞くほどとんでもない世界だなあ、君の世界は!」 「こっちじゃあまーだやらん方がいいな。やるとしたら、平民の半分以上が読み書きできるくらいになって、選ぶ人間の良し悪しを判断できるよーになったらやっていいかもしらんが……まぁ、無理にやらんでもいいんじゃね? 六千年も同じシステムが続いてるならそれでもいいと思うしな」 好奇心と口の回るギーシュが聞き役になり、ジョセフにインタビューしている今の話題は「それぞれの世界の政治形態について」だった。 ジョセフはこれと言った政治思想がある訳でもない。強いて言えば資本主義支持者で、世界有数の大富豪なスピードワゴン財団くらい稼がなくていいから、食うに困らない生活が維持できればそれでいいと思っているくらいである。 具体的に言えば屋敷の使用人達に払う給料が滞らず、夏や冬のバカンスに専用ジェットで向かう家族旅行や社用旅行で金に糸目をつけず遊び呆けたり……そんなささやかなものでいいと考えていた。 だから魔法を使える貴族が王権の元に政治を司るハルケギニアの治世自体に文句をつける気はない。 「それで上手く回ってるなら別に口出す必要もない。わしゃアカでもなんでもないし」という理由もあるし、この世界に永住する訳でもない通りすがりの異邦人でしかないのも、大きなウェイトを占めている。 ましてや三日後には元の世界に帰るのだから、自分から進んでやりたくもない瑣事に関わる必要などこれっぽっちもないのだった。 そんなことをしている暇があるなら、キュルケにケーキをあーんしてもらったり、タバサにチェスでコテンパンにされている方がよっぽど有意義というものである。 さて、タバサに三戦三惨敗という華々しい戦歴を打ち立て、実力の差を十分に自覚したところでジョセフは椅子から立ち上がりつつ、大きく伸びをした。 「んん……ちっと外の空気吸ってくる」 「行ってらっしゃい」 気ままに読書やお茶の時間を楽しんでいる友人達にひらりと手を振り部屋を出たジョセフは、小さく欠伸などしつつ風の塔から降りた。 これから日蝕までの間、別れの挨拶を告げる友人達のリストを頭に浮かべて芝生を歩き出したジョセフの名を大声で呼ぶ者がいた。 「おぉい、ミスタ・ジョースター! 出来た! 出来たぞ! 調合が出来た!」 茶色の液体が詰まったワインボトルを手に持ち、息せき切って走ってくるのはコルベールだった。 「マジか! もう出来たのか!」 「もうも何も、昼前には錬金出来たんだが学院中を探し回ってもミスタ・ジョースターが見つからなかったのだ。一体どこに行っていたんだね?」 不思議そうに尋ねるコルベールに、ジョセフはニカリと笑みを浮かべた。 「すまんな、ちょっと外に出とった。どれ、ちょっと確認させてくれ」 ワインボトルの栓を開け、飲み口から漂ってくる臭いを手で鼻元に仰ぎ寄せて嗅ぐ。 ゼロ戦の燃料タンクに残っていたそれと同じ刺激臭に、おお、と感嘆の声を上げた。 「やるなぁセンセ! まさかこんなに早く出来るとは正直思っとらんかった!」 「なに、原料と完成品の二つが揃っていたのでね。これが『燃える水』を手に入れてなかったらもう少し時間がかかったかもしれないが、これであの『ゼロ戦』は飛ぶという事だ!」 「うむ! で、ワイン樽五本分のガソリンは何日くらいで錬金出来る?」 「そうだな……私の精神力なら、他に魔法を使わなければ二日以内に五本は可能だ」 「グッド! じゃあ、樽一本くらい余分に作れるか? せっかくだから試験飛行しよう。わしが乗って帰ったらもう二度と乗れんからな、コルベールセンセには一度経験してもらいたい。『技術で作り出したモノで空を飛ぶ』という経験をな!」 ジョセフの提案に、コルベールの顔には見る見るうちに『誕生日にお前の欲しがっていた玩具を買ってあげる』と親に言われた子供のような笑みが広がった。 「そうだ忘れていた、ミスタ・ジョースターが地球に帰ってしまえば『ゼロ戦』に乗れる機会はなくなってしまうんだ! ならば明日の朝までに一本用意しておこう!」 今すぐにでも研究室に戻って錬金を再開すべく走り出そうとしたコルベールの手をつかんで留めた。 「待て待てセンセ、せっかくガソリンの試作品があるんだから作動実験もしてみよう。作っては見たが動きませんでしたじゃどーにもならんだろ」 「それもそうだな! では早速実験してみよう!」 二人でアウストリの広場に向かい、燃料コックにガソリンを注ぎ込む。 「よしよし。さてプロペラを動かさにゃならんなー……」 そう呟くと、ちら、と横で目を輝かせているコルベールを見た。 「まァいっか」 構わずに左手からハーミットパープルを発現させる。杖も詠唱もなく突然現れた紫の茨は、メイジであるコルベールの目には明らかな実像となって映っていた。 「ミ、ミスタ・ジョースター!? それは一体……」 当然、未知の現象を突然目撃することになったコルベールは驚きの声を上げた。 「どうせ三日後に帰るからコレもバラすことにしよう。これは『スタンド』、わしの住む世界では稀にこの能力を持つ人間や動物が現れることがある。これがわしのスタンド、ハーミットパープル。 わしのいた世界ではスタンドはスタンド使いにしか見えんかったが、こっちの世界ではメイジには例外なく見えるらしい。多分魔力とかそんなのが関係しとるんじゃろうが、まぁ今はそんなこたァどーだっていい」 眼鏡の奥の目を大きく見開いたままのコルベールからゼロ戦に視線を移すと、静電気が走るような破裂音を放ちながら、ハーミットパープルを機体に入り込ませていく。 「何をしてるんだミスタ・ジョースター! そんなことをしたら、『ゼロ戦』が……!?」 壊れる、と続くはずだった言葉は驚きと共に飲み込まれてしまった。茨が入り込んだように見えた箇所は穴の一つも開いておらず、まるで機体から茨の彫刻が生えているようにも見えた。 「な……なんだねこれは。『スタンド』……とか言ったか? 先住魔法……ではないのか」 持ち前の強い好奇心を発揮し、恐る恐るながらもまじまじとハーミットパープルの観察を開始するコルベール。 「これはわし自身の生命エネルギーが作り出す像でな。基本的に人それぞれの性格やらなんやらで持つ能力や姿形が変わる。つまり同じスタンドは存在しないと言ってもいいだろう。わしのハーミットパープルの能力は念写に念聴、そして機械操作。 プロペラを動かす為には中のクランクを動かさなきゃならんのだが、それを動かす道具がないんでハーミットパープルで代用する」 「あ、ああ」 いきなり理解を越えた単語が連ねられるが、それでもコルベールはおおよその意味は掴んでいた。 「さあセンセ、ちとコクピットは狭いんでな。上からわしが操作してるトコを見てくれ」 コクピットの風防から中に入ったジョセフの頭上に、レビテーションの魔法をかけたコルベールが浮き上がった。 左手が欠損している為にパイロットにはなれなかったものの、セスナを始めとしたプロペラ機の操縦は普通に出来るジョセフである。それに加えてゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴの能力が、初めて乗るゼロ戦の起動手順を逐一頭の中に浮かばせる。 一つ一つの手順の意味をコルベールに教え、コルベールはジョセフから聞いた言葉を興味深げに聞く。 ゆるゆると回っていたプロペラは始動したエンジンの力を借りて大きく回り、スクウェアメイジが起こす風にも匹敵するだけの風力を発生させた。 大日本帝国の名機であるゼロ戦は現役である事を確認したのを満足げに見届けたジョセフは、しばらくエンジンを動かした後で点火スイッチを切ると、もう今にも歓喜を爆発させそうなコルベールに向かって満面の笑みとウィンクと、当然親指も立てて見せた。 コルベールも、立てられた親指が何を示すか一瞬考えた後、ちょっとぎこちない手付きで親指を立て返し、嬉しそうな笑顔を返した。 「やったぞセンセ、バッチリじゃッ! お次は飛行実験だ、ちぃとギュウギュウ詰めだがセンセに空の旅をプレゼントしようッ!」 「おおおお! すごい、すごいぞミスタ・ジョースター! この炎蛇のコルベール、今まで生きてきた人生の中でこんなに胸を高鳴らせたことは無いッ! 今のこの感情の昂ぶりなら、一晩で樽五本分のガソリンすら錬金出来てしまいそうだッ!」 「まあまあセンセ、それで精神力を使い切ってはつまらんだろ。今夜は程々にガソリンを錬金して、ベストコンディションで飛行実験に挑もうじゃないか」 「ああ、そうだな! では私は早速錬金に取り掛かる、それではまた明日会おう!」 「おー、じゃあ朝メシ食った後にここ集合なー」 居ても立ってもいられないとばかりに走り出したコルベールの背に手をひらひらと振ってから、やっとジョセフは茜色に変わり行く空に気付いた。 「いかんいかん、もうこんな時間か。あいつらも飛行実験誘ってみようか」 今日の晩メシなんじゃろなァ~、と即席の節をつけながら友人達を待たせている部屋へと戻っていった。 そして次の日の朝。 ゼロ戦が鎮座するアウストリの広場には、ルイズとウェールズを除く宝探しメンバー、そしてコルベールが集まっていた。 魔法で浮かせた樽からガソリンをタンクに移し変え終わったのを確認してから、ジョセフはもったいぶった動作で友人達に向き直り、帽子を取って恭しく一礼した。 「やあやあ、お集まりの善男善女の皆様方。本日はお日柄も良く、これよりゼロ戦の飛行実験を粛々と執り行いたいと存じます」 雲一つ無い、という訳でもないが特に大きな雲があるわけでもない。十分に晴れた青い空がトリステインの上にあった。 「確かに今日はいい天気だね。で、このぜろせん、とやらは本当に飛ぶのかね? 僕は今でもコレが飛ぶだなんて少しも信じられないんだが。なあヴェルダンデ」 「タルブの村のおじいさんおばあさんは、何人かこのぜろせん、が飛んでいるところを見たって言ってましたけど……」 この期に及んで何回言ったか判らない疑問を口にするギーシュに、シエスタがおずおずと意見を述べた。 「まあまあ、一見は百聞に如かずって言うじゃろ。なんなら賭けてもいいぞ、また金貨二百枚と一年執事の権利を賭けてな」 ニシシ、と笑うジョセフに、ギーシュの顔は渋すぎる茶を無理矢理飲まさされたみたいになった。 「君はもう故郷に帰るんだろ? なんてことだ、賭け金も渡せないうちに帰られるだなんてグラモン家の四男としてこれほど屈辱的なことはないというのに」 「そうそう、忘れてたけど私も二百エキュー貰えるんだったわね。なんならダーリンの分も合わせて私が預かっておこうかしら」 思わず口を滑らせた事に気づいた時にはもう遅い。猫の様なニンマリとした笑みを浮かべるキュルケに、ギーシュはしかめていた顔を更に大きくしかめた。 「……ジョジョ本人に手ずから渡すことにするよ、僕は」 「あらそれは残念」 そもそもゼロ戦が飛ぶということ自体を信じていないギーシュとキュルケは、ゼロ戦にかかりきりのジョセフとコルベールをさておいてそんな軽口で盛り上がっていた。 「さて、んじゃいっちょ行くとするか。センセ、何とか詰めてくれ」 腰に下げていたデルフリンガーを足元の隙間に入れ、コルベールが乗れるスペースを何とか確保する。 そもそもゼロ戦は一人乗りである。座席背部にあった通信機を取り除いたことで二人が乗れないことはない、くらいの広さは辛うじて確保できていたが、そもそも身長195cm、体重97kgもあるジョセフが乗ればそれだけでコクピットのスペースを大きく取ってしまっていた。 コルベールも細いとは言え立派な成人男性の体格を持っている。乗ることが不可能ではないのだが、ぎゅうぎゅう詰めになるのは致し方のないことだった。 「ああ、いや確かに狭いが何とか……というか、ミスタ・ジョースターがこんなに大柄なのが問題ではないのかね?」 「そもそもコレ一人乗りだもんよ。メッサーシュミットなら三人乗れるんじゃが贅沢は言っとれんだろ」 コクピットに乗り込むだけでいい年したジジイとハゲ上がった大人が言い争いしながらも、何とか乗り込むことは出来た。 「よし、んじゃ行くとするか」 クラッチにハーミットパープルを這わせてエンジンを始動させると、プロペラが音を立てて回り始める。計器が示す数値も異常が無いことを教えてくれる。 ブレーキを放すと、ゼロ戦がゆっくりと動き出す。おおよそ目星をつけていた離陸点に辿り着くが、ガンダールヴのルーンとジョセフ本人の経験がゼロ戦が飛び立てる滑空距離に少々足らない、と見えてしまった。 アウストリの広場が狭いわけではないが、それでも飛行機一機が飛び立つ為に必要な距離は並大抵のものではないと言う事だった。 ジョセフは閉じた片目の上に手を翳し、学院の敷地を取り囲む高い塀に舌打ちした。あれがもう少し低ければこの距離でも十分離陸は出来ただろう。 「ううむ。ちと距離が足らんな……あそこの高い壁を吹き飛ばせば何とか行けるかもしらんが」 しょっぱなから物騒な提案に思考が進んだジョセフをたしなめたのは、足元に転がっているデルフリンガーだった。 「相棒、そんな短絡的な方法取んなくても外にいる貴族の娘っ子達に風を起こしてもらえればいけるぜ」 「ああ、それなら行けるか」 「あのちまいのは風のトライアングルだろ? なら大丈夫だ」 風防から腕を出してハーミットパープルをタバサに伸ばす。骨伝導で「広場のあっこらへんに立って思い切り向かい風を吹かせてくれ」と頼むと、タバサはこくりと頷いて指定された場所まで歩いていった。 さして時間を掛からず轟風が巻き起こったのを見届けると、シエスタから受け取ったゴーグルを身に付ける。 「おっしゃ、行くぞセンセ」 「ああ……よろしく頼む!」 踏み込んでいたブレーキペダルから足を離し、スロットルレバーを開く。 加速するエネルギーを解放されたゼロ戦は勢い良く加速を開始する。 操縦桿を軽く前方に押し、尾輪を地面から離れさせ滑走に入る。 段々と壁が近づいてくる中、十分にスピードが乗ったのを確認すると操縦桿を引き、タバサの起こした風に機体を乗せた。 ゼロ戦が浮き上がり、大きなGがコクピット内の二人に圧し掛かる。 そして脚を収納したゼロ戦は魔法学院の壁を飛び越え、更に上昇を続けていく。 「おおお、飛んでいる! 飛んでいるぞ! こんなに早く!」 風防の外で猛スピードで流れていく景色を見、興奮を隠さず叫んだ。 「おい俺にも見せろよ相棒!」 鞘口をカタカタ鳴らして催促するデルフリンガーをハーミットパープルで引き上げれば、デルフリンガーもまた金具をけたたましく鳴らして騒ぎ出した。 「うわー! すげえ! すげえ! なんだこれ、フネとか竜とか比べ物になんねーぞ!」 「そりゃそうよ、こいつぁ最高速度が500km以上出る。ハルケギニアでそんだけの速度を出せる魔法や生物なんてそうはないじゃろ?」 狭いコクピットの中、自慢げに言うジョセフの言葉も、コルベールとデルフリンガーには届いていなかった。 矢のように過ぎる雲の流れと外の景色に釘付けになっていたからだ。 これから同乗者の気が済むまで遊覧飛行したり、雲を突き抜けた上空まで一気に飛んでやりたくもあったが、如何せん肝心要の燃料がタンクの20%しかない。 安全を考慮し、比較的低空飛行で、且つ学院の周辺を飛び回るだけしか出来なかったが、それでもコルベールやデルフリンガーには十分過ぎる驚きと興奮を与えていた。 それは無論、地上で見守っていたギーシュ達や、突然聞こえてきた爆音に何事かと教室の窓から顔を出した学院の生徒や教師達、地面から見上げる使用人達、そして塔の窓から一部始終を見守っていたウェールズも例外ではない。 「ほらほら見てくださいミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモン! 飛んでます、竜の羽衣が飛んでますよ!」 お伽噺だった『竜の羽衣』が本当に空を飛んでいるのを見ることが出来たシエスタのはしゃぎ様にも、キュルケもギーシュも構うことが出来なかった。 「……まるで夢でも見ているようだ。まさか、あんなカヌーみたいなオモチャが、あんなに早く飛ぶだなんて……」 「……本当に。何から何まで私達の常識ってものが通用しない世界なのね、ダーリンの世界って」 学院にいる大勢の人間の中で、事情が飲み込めている者はほとんどいない。それでも、ハルケギニアの空を翔けるゼロ戦に視線を奪われていた。 それから二十分後、再びアウストリの広場にゼロ戦が着陸し、そこからジョセフとコルベールが降りてきたのが確認された後、物見高い生徒達が教師の制止を振り切って教室の窓からフライで広場に殺到してくる。 ルイズに召喚されてからこの方、学院の注目を一手に集めてきたジョセフである。 怒涛のように押しかけてくる野次馬達を丁重にあしらい、無遠慮にゼロ戦を触ろうとする不貞な連中にはトライアングルの三人と使い魔が睨みを効かせていた。 今日も今日とて注目を一手に集めるジョセフを羨ましげに見ていたギーシュは、自分を慰めるように鼻先を摺り寄せてくるヴェルダンデにしかと抱き付いていた。 「ああヴェルダンデ、僕の愛くるしいヴェルダンデ、傷心の僕を癒してくれるのは君だけだ」 もぐもぐ、と喉を鳴らして目を細めるヴェルダンデは、しょうがないなあと言いたげなつぶらな瞳で主人を見つめていたのだった。 ちょうどその頃、トリステイン王城のルイズは客間のベッドで頭から毛布を被っていた。 眠っている訳ではない。目ならとっくに覚めている。 しかし、ベッドから起き上がる気分にはなれなかったのだ。 使い魔とも別れて一人、今の自分が唯一頼れる友人であるアンリエッタの所へ転がり込んだはいいものの、今になってその行動が間違いだったことに気付いてしまった。 スタンド使いで様々な悪知恵が働くジョセフがいなければ、自分はただのゼロのルイズでしかない。何も出来ない、魔法も使えないゼロのルイズ。 しかも使い魔が帰還するのを素直に喜んでやれる訳でもなく、さよならも言わずに帰れと置手紙を残しただけ。使い魔を手放す辛さに耐えかねたとは言え、そんな無責任な別れは許されるはずが無い。 自分の都合で呼び出した使い魔を帰すのに、呼び出した張本人はこうして迎えの来ないベッドの上で毛布を被って時が過ぎるのをただ待っているだけだなんて、果たして貴族の振る舞いとして恥ずかしくないのか。答えは既に出ている。 サイドテーブルに置いている帽子に視線が行き、そしてまたすぐ離された。 (……私、バカだわ。こんなことしてたってしょうがないじゃない……) 頭では判っている。ジョセフが帰るその時まで側にいて、謝るところは謝って、最後にさようならと直接言って、きちんと別れを告げるべきなのだと。 まだ日蝕まで二日ある。今から馬を飛ばして帰れば、十分に間に合う。学院に帰って、何もなかったような顔しててもジョセフはちょっとだけ苦笑して、あの大きな手で頭を撫でてくれるだろう。 正直になって、別れたくない帰したくないって駄々をこねられるだけこねて、思い切り泣いて叫んで――自分の中に溜まっているわだかまりを全部吐き出してぶつければいい。 本当はそうしなければならないのだ。 そんな事をしても、ジョセフの意思が変わらないのは判り切っている。 ただ、伝えなければならない。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにとって、ジョセフ・ジョースターがとても大切な存在だって言う事を。 人の言う事を先読みできる有り得ない洞察力と推理力を持つジョセフだって、あんな走り書きの文章一つで自分の中で渦巻いている色んな気持ちを察することなんて出来はしない。 ……いや、ハーミットパープルを使えば出来るかもしれないが、多分そんなことはしない。 だからちゃんと自分の口で、自分の気持ちを伝えなければならないのに。 今から部屋を飛び出して、馬に乗って帰るだけでいいのに。 しかし、ルイズはベッドから起き上がる事が出来なかった。 由緒正しいトリステイン名門のヴァリエール公爵家の三女たる者が、よりにもよって使い魔から逃げ出して毛布を被っているだけだなんて。 どんな顔をして帰ればいいのか、果たしてジョセフが本当に自分の思うような行動を取ってくれるのか。もし取ってくれなかったらどうしよう――。 そんな思いばかりが渦巻いて、立ち上がることが出来なかった。 誰にも頼ることが出来ず、誰にも悩みを打ち明けられず、一人きりになった今、16歳の少女に似つかわしい臆病さが前面に押し出されていた。 頭では取るべき行動が判っていても、心が動き出す決意を立てられない。 結局ルイズは、毛布で全身を包みきゅっと目を閉じて、眠気が来るのをひたすら待ってしまった。 日蝕の前日。 ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタの結婚式を三日後に控えたその日の朝。 トリステイン王宮は、式が行われるゲルマニア首府のヴィンドボナへのアンリエッタの出発の準備を控え、上から下まで慌しく駆け巡っていた。 トリスタニアからヴィンドボナまでは、馬車で行けば半日弱しか掛からない。 しかし政略結婚と言えども、一国の皇帝と王女の婚礼の儀は建前上目出度い代物であり、祭儀として華々しく、且つ恭しく執り行われるべき代物である。 トリステイン首都のトリスタニアからヴィンドボナまでの旅路そのものが盛大なセレモニーであり、足早に急ぐような野暮な真似が出来るわけも無い。 半日弱の旅路をたっぷり時間をかけ、式前日の夕方にやっと到着することになっていた。 千の御伴を連れて立ち並ぶ行列の主賓たるアンリエッタ自身は、まるで病に冒されたような白い面持ちのまま、今朝本縫いが終わったばかりのウェディングドレスに身を包んでいた。 上質の絹で織られた美しいドレスを着ているというのに、ドレスの色を黒く染めれば葬儀の場に立っていてもなんら違和感を感じさせない佇まいであった。 出発の時間まで四半刻となった頃、王宮に突然の報がもたらされた。 国賓歓迎の為、ラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊全滅の知らせ。 それと時を同じくし、神聖アルビオン共和国からの宣戦布告文が急使に拠り届けられた。 ラ・ロシェールに配備されていたトリステイン艦隊が突如不可侵条約を無視して親善艦隊に理由なく攻撃を開始し、一隻の戦艦が撃沈された為、アルビオン共和国政府は『自衛の為』『やむなく』トリステイン王国政府に対して宣戦を布告する旨が綴られていた。 トリステイン王宮はこの知らせに騒然となり、急遽将軍や大臣達を招集した。 しかし名誉ある貴族が雁首揃えてやることと言えば、豪奢な大会議室でただ言葉を踊らせるばかり。 やれこれは互いの誤解から発生した不幸な行き違いだ、アルビオン政府に対し真摯な対応をすべきだ。いや今すぐゲルマニアに急使を飛ばし、同盟に従い軍を差し向けるべきだ。 誰も椅子から腰を上げようともせず、下の者を動かそうともせず、ただひたすらに終着点が考えられていない互いの意見ばかりが飛び交い、なんら実のある結果に繋がる気配は見えなかった。 会議室の上座には、ウェディングドレスを纏ったアンリエッタが座っていた。きらめくような白絹に身を包んだ姿は衆目を引き付ける美しさを醸し出しているが、居並ぶ貴族達は誰一人としてその清楚な美しさに目を留めようとしない。まして意見を求めようともしない。 国を揺るがす一大事の中でも、うら若き王女はただ座っているだけ。 ただ顔を俯かせ、膝の上に置いて握り締めた手をじっと見つめているだけだった。 「――これは偶然の事故――」 「――今なら話し合えば誤解が解けるかも――」 「――この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が全面戦争へと発展しないうちに――」 会議室での言葉は何一つアンリエッタに届かず、ただ頭の上を通り抜けていくだけ。 誰も王女に言葉を届けようともしないし、届ける意味を見出してもいなかった。 「急報です! アルビオン艦隊は降下して占領行動に移りました!」 伝書フクロウがもたらした書簡を手にした伝令が、息せき切って会議室に飛び込んできた。 「場所は何処だ!」 「ラ・ロシェールの近郊! タルブの草原のようです!」 伝令の言葉に、会議室はより重い空気を漂わせる。 自分達が考えている以上に、事態は重大であることに気付き始めざるを得なくなっていた。 昼を過ぎ、王宮の会議室には次々と報告が飛び込んでくる。 それらはどれも例外なく、頭を抱え耳を塞ぎたくなるような悪い知らせばかりであった。 タルブの領主が討ち死にし、偵察の竜騎士隊は一騎たりとも帰還せず、アルビオンからの返答もない。 敵意を持って杖を向けている敵に対し、未だに自分達がどうするのかも決めあぐねて会議室から出ようともしない貴族達。 それをただ黙って見ているアンリエッタの心の中では、これまで懸命に押し殺してきた感情がゆっくりと、しかし着実に膨れ上がっていたのだった。 (……これが。伝統あるトリステイン王室) 前王は子に恵まれなかった。生まれた子供はマリアンヌとの間に生まれた娘、アンリエッタ一人。側室も設けなかった為、トリステインの王位継承権を持つ者は大后マリアンヌと王女アンリエッタの二人だけ。 王が崩御した後、マリアンヌは王位継承権を放棄し、第一王位継承権を持つようになったアンリエッタは当時7歳。まだドットメイジですらない少女を王座に座らせる訳にも行かず、それから十年間トリステインの玉座は主を失ったまま現在に至っている。 しかし17歳となり、水のトライアングルメイジとなった彼女は、ハルケギニア統一の野望を持つアルビオンに対抗する同盟を結ぶ為の貢物として、四十過ぎの男との政略結婚を組まれていた。そこに彼女の意思は介在していない。アンリエッタの恋心を斟酌されるはずもない。 トリステイン王宮に仕えている貴族達は、王家に傅く素振りをしているだけ。国家存亡の危機に瀕している今、王女に意見を求めることも無く、ただ自分達だけで言葉を踊らせている。 自分に求められている役割は国を統治する王女ではなく、王宮を飾る美しい花。 花瓶に生けられた花に、王の言葉を求める者は居ない。 (そうね。私はずっと彼らから取り上げられてきたのだわ。トリステインという国を。王女としての誇りを) 今にも滅亡しようとするアルビオンで孤軍奮闘するウェールズから、昔送った恋文を返して貰う。そんな困難な任務を頼める相手が、幼い頃の遊び相手しかいなかった。 数少ない友人であるルイズにすら、最初は悲劇の主人公ぶった言葉でしか頼むことが出来なかった。王女としての立ち居振る舞いすら忘れていたのだ。 それを思い出させてくれたのは、皮肉にも平民であり、使い魔である老人、ジョセフ・ジョースターの言葉。 『王族の誇りを捨て、自らに仕える貴族にへつらった! そんな腐れた魂の何が王女か、何がルイズの友達かッ!』 あの夜、自分は王族としての誇りを取り戻したはずではなかったのか。 愛するウェールズは最後の時までアルビオン王家に連なる者として、誇り高く死のうとした。それを無理矢理トリステインに連れて帰らせたのは自分だ。 アンリエッタ・ド・トリステインは、こんな無様な姿を見せる為に愛する人の意思を捻じ曲げたのか? 今の自分は胸を張って、自分の愛する人達の前に顔を出せるだろうか? (……出せないわ。出せるはずが無い) 今の自分は、王女である資格がない。恋人である資格がない。友人である資格がない。 (――どうせ、このまま生き長らえても意にそぐわぬ婚姻をするだけ) 弾む鼓動を抑えるように、ゆっくりと、けれど大きく、息を吸う。 (これから数十年ずっと悔いて生きるのと、今日、死ぬことと。どれだけの違いがあるのかしら) 肺腑に行き渡らせた息を、静かに吐き出していく。 (せめて、トリステインの王女として誇れるように生きてみよう) 俯いていた顔をゆっくりと上げる。意味のない言葉が舞う貴族達を一瞥し、悠然と立ち上がる王女に、貴族達の目が向けられた。 「――トリステインの貴族は誰も彼も臆病者のようですわね」 アンリエッタの唇が紡いだ言葉は、意図せず氷柱のような冷たさと鋭さを纏っていた。 「姫殿下?」 「今正に国土を侵されていると言うのに、下らぬ言葉遊びに興じる様の見物はもう飽きました。それで? 貴方がたは一体どうするというのですか。そのお腰の杖は飾りなのですか? 貴方がたが今唱えなければならないのはつまらぬ御託ではなく、敵を討つ為の呪文のはずです」 呼吸も乱れず言葉に震えもない。言うべき言葉が勝手に流れているような錯覚さえ、アンリエッタは抱いていた。 「しかし、姫殿下……誤解から発生した小競り合いですぞ」 「誤解? 何をどうもって誤解と言うのですか? トリステイン王国の艦隊は祝砲に実弾を込める愚か者が揃っております、とお認めになるつもり? そんな馬鹿な話があってたまりますか。どれだけ下らない道化芝居とて、こんな無様な筋書きは存在しません」 「いや、我々は不可侵条約を結んでおったのです。事故以外に有り得ません」 「事故以外の可能性を貴方が認めたくないだけでしょう。今我々が直面している現実は、アルビオンがトリステインの国土を侵している。条約は紙より容易く破られたのです。どうせ守るつもりなどなかったのでしょう、あの卑怯者達の集まりは」 「しかし……」 なおも言い募ろうとする一人の将軍に一瞥をくれる。 ただのお飾りであるはずの王女は、臣下の勝手な発言を視線一つで遮った。 「貴方がたは御存知? アルビオンを簒奪したレコン・キスタは我がトリステイン王国のグリフォン隊隊長を裏切らせ、名誉ある戦いに赴こうとしたウェールズ皇太子を暗殺しようとしたのです」 突如発せられた言葉に、会議室がどよめく。 王宮近衛である魔法衛士隊隊長の裏切りは、緘口令が引かれていた。この緊急時に会議室に召集された貴族の中でも、その事実を知らない者は少なくなかった。 「アルビオン王家は滅亡寸前であったのに、彼らは最期の名誉ある死すら皇太子から奪おうとしたのです。いみじくもトリステインがレコン・キスタに加担したも等しい忌まわしい出来事を知ってなお、まだ愚にも付かぬ議論を続けるつもりですか」 静かに紡がれる王女の言葉に、貴族達は口を噤む。つい先程まで貴族達の声が溢れていた会議室には、王女の声だけが響いていた。 「この様な繰言を並べている間も、国が踏み荒らされ、民の血が流れているのです。王族や貴族は、この様な時こそ杖を掲げ戦いに出向く存在だったのではありませぬか? そんな最低限の義務すら果たせないのなら、杖など折ってしまいなさい!」 声を張り上げてテーブルを叩くアンリエッタ。 誰も言葉を発さず、杖に手を掛ける者もいない。 「黙って聞いていれば、如何に逃げ口上を美しく整えるかという事ばかり。確かにトリステインは小国、頭上から見下ろすアルビオンに反撃したところで討ち死には必至。敗戦後、責任を取らされるのは真っ平御免と言う所でしょうか。 それならば侵略者に尻尾を振って腹でも見せていれば命が永らえる。そうそう、私の聞き及んだ話ですと王党派は降伏してもギロチンなる処刑道具で首を刎ねられたそうですわ」 「姫殿下、言葉が過ぎますぞ」 マザリーニがたしなめる。しかしアンリエッタは一瞬だけ視線を彼に向けただけだった。 「わたくしは誇り高きトリステイン王国が王女、アンリエッタです。わたくしは王族としての義務を果たしに行きます。卑怯者どもの犬として首を刎ねられたいのならば、自由になさい」 アンリエッタは貴族達にそれ以上構うこともなく、ドレスの裾を捲り上げて会議室を飛び出していく。 「お待ち下さい! お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」 マザリーニのみならず何人もの貴族がそれを押し留めようとするが、彼女は躊躇いなく彼らを一喝した。 「軽々しく王女に触れようとするとは何事ですか、立場を弁えなさい!」 アンリエッタに伸ばされようとしていた手が、威厳ある言葉によって動きを失った。そして行き場を無くした手達が彷徨う中、捲り上げた裾を強引に引き千切ると、破き取った裾をマザリーニの顔目掛けて投げ付けた。 「もううんざりだわ、私の意思は私のもの! 貴方がたに左右される云われはないわ!」 見るも無残に敗れた裾を翻し、足音も高く廊下を進んでいく。 会議室を守っていた魔法衛士達は、王女殿下の後ろを自然と付き従っていった。 宮廷の中庭に現れたアンリエッタは、涼やかな声で高らかに叫んだ。 「わたしの馬車を! 近衛! 参りなさい!」 中庭にいた衛士達がアンリエッタの元に集まり、ユニコーンの繋がれた馬車が衛士の手によって引かれて来る。 アンリエッタは馬車からユニコーンを一頭外し、傲慢なほど堂々と背に跨った。 「これより全軍の指揮をわたくしが執ります! 各連隊をここへ!」 前王が崩御してから十年余の時間を経、トリステイン王宮に王の声が響き渡る。 魔法衛士隊の面々は一斉に王女に敬礼し、アンリエッタはユニコーンの腹を蹴りつける。 甲高いいななきを上げて前足を高く掲げる中でも、彼女は悠然とした態度を崩さなかった。 アンリエッタの頭に載ったティアラが日の光を受け、黄金色に輝いたのを臣下に見せた後、ユニコーンは誇らしげに走り出す。 それに続き、幻獣に搭乗した衛士達がそれぞれ叫びを上げて続く。 「戦だ! 姫殿下に続け!」 「続け! 後れを取っては家名の恥だ!」 雪崩を打つように貴族達は各々の乗機に跨り、アンリエッタの後を追いかけていく。 王女出陣の知らせは城下に構える連隊へ届き、後れを取ってはならぬと次々とタルブへ向かって進んでいく。 投げ付けられた裾を手にしたまま、その様子を見ていたマザリーニは呆然と天を見上げた。 アンリエッタが貴族達に放った言葉は、自分も考えていたことだった。 伝え聞く情報は、レコン・キスタとは誇りや名誉という単語から程遠い場所に存在する連中だという事は知っていた。 だが現実問題として、今のトリステインでは彼らに太刀打ちできないことを一番知っているのは、国の政務を一手に引き受けてきたマザリーニである。 今ここで戦いに出たところで、無駄に被害を広げる結果にしかならないと考えている。今更命が惜しい訳ではない。現実的に考えれば考えるほど、国の為、民の為には事を荒立ててはいけなかった。小を切り捨て、大を生かす為にはそうせざるを得なかった。 だが、今この時、条約は破られ、戦争が始まっているのだ。外交のプロセスは既に終わっている。今は互いの国力をぶつけ合う実力行使の時間になっている。それを認めたくない、という気持ちがなかったとは言えなかった。 一人の高級貴族が、アルビオンに派遣する特使の件で耳打ちをする。 マザリーニは頭に被っていた球帽をそいつの顔面に思い切り投げ付けようとして、気が変わる。球帽を掴んだ拳ごと彼の鼻っ面に叩き込んだ。 そしてアンリエッタが投げ付けた裾を頭に巻き付け、叫んだ。 「各々方! 馬へ! 遅れてはならぬ、栄えある姫殿下の元に集え!」 To Be Contined → 戻る
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天守の一角、ウェールズの居室。その窓の外にワルドは立っていた。玉砕戦の前夜と言う事もあり、平素ならいるような警備のメイジもいない。明日に備えて休養を取っているようだが、甘い考えだと嘲笑する。 そのような考えだからアルビオン王国はレコン・キスタに敗北してしまったのだ。決戦前夜だからとて、暗殺者が入り込むかもと言う考えに至らない時点で、程度が知れるというもの。 残酷で嗜虐的な笑みをもはや隠すこともせず、フライの魔法を解いて屋根に降りる。 下を見れば誰の姿も無い。あの使い魔はまんまと逃げおおせはしたが、王子の暗殺を止められはしない。 まずウェールズを暗殺した後、ルイズを殺し手紙を手に入れればいい。 ワルドは口の端を吊り上げ、呪文を詠唱する。 ウインドブレイクの魔法で容易く窓を吹き飛ばし、居室に素早く踏み込みながら次の呪文を既に完成させていた。 『エア・ニードル』。杖を中心として風を渦巻かせ、杖自体を鋭い刃と変化させる魔法である。 二つの月の光を背に浴び、ベッドで何も知らず寝ている王子目掛け、二つ名の『閃光』の名の通り稲妻の如き不可避の突きを繰り出し―― ワルドは、大量の金属球が混ざった爆風をその身で浴びることとなった。 ちょうど同じ時、ジョセフは天守を見上げ、窓から弾き飛ばされるワルドを悠々と見上げていた。 「やッチッたァーーッッッ!!」 静かな月夜をつんざく爆音と、年甲斐も無く歓声をあげる老人。 ジョセフはとっくの昔に手を打っていた。 ワルドのおおよその策略を看破したジョセフは、パーティから戻る途中のギーシュ達に頼み、ビー玉程度の大きさの金属球を1kgほど錬金してもらったのだ。 それから三人に、ウェールズへと伝言を頼む。 『アンリエッタ王女からもう一つ渡さなければならないものを預かっている、人目に付くと良くないのでこの時間に礼拝堂に来てもらえないか』と言う体裁で、ウェールズを密かに呼び出していたのだ。 正にこの時、ウェールズ皇太子は三人の少年少女と共に礼拝堂にいる頃である。約束の時間からはやや遅れ、王子を待ちぼうけさせている不敬の真っ最中ではあるが、命を救う行為であるため、お目こぼしを期待したいところである。 ウェールズが嘘の伝言で礼拝堂に向かった直後、無人の部屋に忍び込む人物がいた。言わずと知れたジョセフ・ジョースターである。 ジョセフは密かにベッドにトラップを仕掛けた。 まずベッドの上の毛布を一枚取り、これに厨房から失敬してきた油を塗り込んで波紋を流す。 続いて先ほど錬金してもらった金属球、これにも油を満遍なく混ぜこぜ、こちらには反発する波紋をたっぷり流す。 波紋を流した金属球をしっかり波紋毛布で包み込むことにより、言わば電子レンジで加熱したゆで卵のような代物が出来上がる。こちらは破裂すれば卵の代わりに金属球がはじけ飛ぶ物騒な爆弾であるが。 これに多少強い衝撃を与えれば、ボンと爆発し――今しがたワルドが吹き飛ばされたような惨状を引き起こすこととなる。 続いて掛け布団で波紋ゆで卵を包み、人が寝ているように形を整える。月明かりだけではそうはバレない珠玉の造詣は、ジョセフ会心の出来だった。 最後に窓を閉めて何食わぬ顔で部屋に戻ると、ルイズにハーミットパープルで波紋をちょっと流して起こし、ワルドに結婚を断らせに行く事で裏切り者の本性を暴き出す。自分達はまんまと逃げおおせることで残った一つの目的、ウェールズの暗殺に向かわせたのである。 (王は暗殺してもしなくても大勢に関係が無いというのは、パーティのスピーチからして明白である。となるとワルドがターゲットにするのはウェールズ一人、という解答に辿り着くのは簡単なことだった) 果たしてワルドは見事ジョセフの術中に落ち、金属球の洗礼を浴びることとなった。 天守から叩き落されながらも、さすがは魔法衛士隊隊長と言うべきか、空中でフライの魔法を辛うじて唱え、地面に叩きつけられる事態にまでは至らなかった。 だがしかし、静かな夜に轟いた爆音である。 精鋭とも呼べるニューカッスル三百の貴族達がおっとり刀(この場合はおっとり杖と称するべきか)で駆け付けて来るのは想像に難くない。 ワルドは怒りのみで象られた視線でジョセフを見下し、睨み付けた。 「……やったな、やってくれたな、ガンダールヴ!!」 「てめェのやっすい陰謀なぞとうの昔にお見通しじゃわい、我が友イギーの技を参考にした、名付けて『愚者に対する波紋疾走(フールトゥオーバードライブ)』の味はいかがだったかなッ。随分と堪能してくれたようじゃないか、ワ・ル・ド・し・し・ゃ・く・ど・の?」 クックック、と人を大馬鹿にした笑いでワルドを見上げる。 自慢の羽帽子もマントも言うに及ばず、ワルド本人も金属球の嵐に巻き込まれかなりの手傷を負っている。 火薬での爆発には及ばないものの、波紋の爆発で放たれた金属球は人一人に対して十分過ぎるほどの殺傷力を持っている。 ジョセフとしては、金属球のトラップで仕留める腹積もりであった。 だが悪運強く生き残られた場合の手段も、既に用意してきている。 ジョセフは、マヌケな獲物をからかう笑みを崩さぬまま言葉を続ける。 「さァて、と。もーそろそろこの騒ぎを聞きつけたメイジ達がアワ食って押しかけてくる時間じゃな。まさかグリフォン隊元隊長でスクウェアメイジのワルド子爵が、たかが使い魔にコテンパンにのされて尻尾巻いて逃げ帰るとか、そォんなミジメ~ェな結果で帰れるんかなァ!?」 ジョセフにとって、ここでワルドと対峙したままメイジ達に駆け付けられるのが尤も避けたい事態だった。 ここでワルドが「この平民が王子の部屋を爆破した」とたった一言言えば、一斉にメイジ達の杖がジョセフに向くことは火を見るより明らかである。貴族と平民の言を貴族がどう判断するか、ジョセフでなくとも想像するのは簡単である。 だからこその、普段より毒を増した舌鋒であった。 平素のワルドならばこのような安い挑発に乗りはしなかっただろう。 だが、散々忌まわしい平民に自分の策略を打ち破られた今、挑発に乗らずにはいられなかった。 「――いいだろう、ガンダールヴ!!」 ジョセフは、く、と口の端を吊り上げた。 ワルドは地面に降り立ち、フライの魔法を解いた。 これまでの様に余裕めかした表情など、ワルドには存在しない。 ジョセフもまた、同じだった。 相対した互いの表情を占めるのは、種類は違うものの、純粋な怒りのみ。 腰に下げていたデルフリンガーを抜刀すれば、右手に錆び付いた大剣、左手に毛布と言ういささか珍妙な様相で構えるジョセフ。 デルフリンガーはおおよそ無駄だとは判り切っていたものの、とりあえず金具を鳴らして喋った。 「なーあ、そこのボウズよ。今なら、多分まーだ間に合うんじゃねーかなぁ。ここで謝って土下座の一つでもすりゃー、許してもらえるかもしんねーぜー?」 たかがインテリジェンスソードごときの戯言を聞き入れる必要など、ワルドには存在しない。せめてもの忠告を文字通り黙殺されたデルフは、あーあ、と溜息をついた。 (知ーらね。相棒は自分の右腕が焦がされたことより、貴族の娘っ子が侮辱されたことに怒るタイプなんだよなぁ) 他人事めいたモノローグはさて置いて、デルフはジョセフからひしひしと伝わり過ぎる心の震えに、ふと思い出した。 「おー、そうだ。思い出したぜ相棒!」 「なんじゃデルフ、こんな時に」 声そのものは普段と変わらない。だが今もジョセフの心には凄まじい怒りが渦巻いていた。 「そー言や相棒はガンダールヴだったよなぁ」 軽口を叩きあう一人と一振りをよそに、ワルドは既に呪文を完成させていた。 「そうは言われてるが、どうしたッ?」 「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜガンダールヴ。だーが忘れてた、六千年も昔のことだったからな!」 ジョセフが返事する前にワルドのウインドブレイクが襲い来るが、ジョセフは慌てるでもなく左手に構えた毛布を、闘牛に対するマタドールのような鮮やかな動きで振るった。 本物のマタドールなら向かってくる牛の角を避けるものだが、毛布を振るったガンダールヴは一歩たりとも動いていなかった。 波紋を流された毛布は、風のハンマーに対抗しうるだけの強度を手に入れており、ウインドブレイクは毛布の一撃に消し飛ばされていた。 「我が師にして我が母、エリザベス・ジョースターの技! 闘牛毛布(マタドールブランケット)ッ!!」 「ひゅー、さすがだな相棒! お前もうちょっと真面目に修行すりゃもっとすげえ戦士になれんだろーに!」 「わしゃ努力が一番嫌いな言葉でその次にガンバルって言葉が嫌いなんじゃよ!」 「いやそれにしたって懐かしいな、泣けるぜ! そうか、なんか前々から懐かしい気がしてたが、相棒がガンダールヴだったか!」 「そうか! 伊達にボロボロに錆びてる訳じゃあないなッ!」 ジョセフとデルフがなおも軽口のラリーを続けている間、ワルドは間髪入れず次の呪文の詠唱にかかっていた。 聞き覚えのある『ライトニング・クラウド』の魔法に、ジョセフは内心(アレかッ! さあどうやって避けるッ!)と灰色の脳細胞をフル活動させていた。 「嬉しいじゃねえか! お前ガンダールヴか、うん! そうかそうか、そうだったら話が違う、俺がこんな格好してる場合じゃあないな!」 叫びを上げた瞬間、デルフリンガーの刀身が輝き出す! 「次は俺の番だぁな! 構えな、相棒!」 ワルドの『ライトニング・クラウド』が完成した瞬間、ジョセフはデルフの声に反応し、無意識に剣を雷撃にかざしていた。 「無駄だ! 電撃を剣で避けられると思っているのか!」 だがワルドの叫びもむなしく、電撃はデルフリンガーの刀身に吸い込まれる! 全ての電撃がデルフリンガーを吸収してしまった時、ジョセフが握っている大剣は錆び付いた古めかしいものではなく、今正に磨ぎ上げられたばかりの様な眩い輝きを放っていた。 「ほうッ! デルフ、なかなかいいカッコじゃないかッ!」 「これが本当の俺の姿さ、相棒! てんで忘れてたが、伝説のガンダールヴにゃ伝説のデルフリンガー様がなくちゃしまらねぇ! 剣が使い魔を! 使い魔が剣を引き立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあーっ『力の調和』っつーんですかあーっ、たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット! モンティパイソンの演じるスペイン宗教裁判! 武論尊の原作に対する原哲夫の『北斗の拳』! …つうーっ感じっ、だな!」 「お前よくそんな単語ばっか知っとるな」 「多分な、俺はハルケギニアで有名な組み合わせを言ってるはずなんだわ。相棒の脳みそが相棒のよく知ってる組み合わせに翻訳してるんじゃね?」 「なるほど」 「あれよ。さすがに長いこと生きてて飽き飽きしてたんで、ちょいくらテメエの身体変えたんだよ! 面白いこたーなーんもありゃしねーし、俺に近付く連中はつまらん連中ばっかりだったからな!」 「そこでわしがあの武器屋に寄ったッつーワケか!」 「運命ってのは引力めいたモンでな、まさか使い手に再び握られるとは思ってなかったぜ! こうなってくりゃー話が変わる、ちゃちな魔法は全部この俺が吸い込んでやる! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」 必殺の呪文を吸収した剣に、ワルドは思わず舌打ちを漏らした。 「やはりただの剣ではなかったか……だが攻撃魔法を破っただけでいい気になるな! 何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を見せてやろう!!」 ジョセフは片手で剣を構え飛び掛るが、ワルドは素早い身のこなしで剣戟をかわしながら呪文を唱えていく。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 呪文が完成すると、ワルドの身体が突然分身していく。 一、二、三、四体、本体と合わせて五体のワルドがジョセフを取り囲んだ。 「ほう、今更タネの割れた手品を御開帳とはな。もう少し新ネタを用意してもらいたかったモンじゃがな! 『流星の波紋疾走』を初見で避けた時点で、自分の正体バラしとるようなモンじゃないかッ!」 五体のワルドに取り囲まれながらも、ジョセフの顔には意外さも怒りも全く無い。筋書きも落ちも判っている舞台を自信満々に見せられる時と同じ、呆れた笑みが浮かんでいた。 「ふん、酒場では不意を突かれたが、たかが一体の遍在に貴様は苦戦しただろう? しかもただの分身ではない。風のユビキタス、遍在する風。風の吹くところ、何処と無く彷徨い現れ、その距離は意志の力に比例する!」 「ケッ! 笑わせるなワルドッ! このジョセフ・ジョースターに同じ手を二度も使うこと自体が凡策だという事を身を以って教えてやるッ!」 左手に靡く毛布を振りかぶり、左足を軸足として回転することで正面に立つワルド達に向かって先制の一撃を放つジョセフ。 「ぬかせっ!!」 五体のワルドがジョセフの剣と毛布を避け、踊りかかる。更にワルドは一斉に呪文を唱え、杖を青白く光らせる。先程ウェールズ暗殺に用いられるはずだった『エア・ニードル』である。 「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことは出来ぬ!」 細かく振動する五本の杖を剣と毛布で受け、流す。しかし相手は五体。ジョセフは一人。 攻撃する間もなくひたすら防御に徹さざるを得ず、デルフはともかく毛布は度重なる風の渦の衝撃に耐え切れずに端から切り刻まれ、少しずつその大きさを減じていく。 毛布の切れ端は大きなものは地に落ち、小さなものはワルド達の巻き起こす風に吹かれて巻き上がっていた。 「平民にしてはやるではないか。さすがは伝説の使い魔といったところか! だがやはりただの錆び付いた骨董品であるようだな、風の遍在に手も足も出ないようではな!」 勝ち誇るワルドに、ジョセフは平然と言った。 「あー、ワルドよ。やっぱオマエ、戦い下手じゃわ」 そう呟いた瞬間、毛布を掴んでいた手の中に隠していたセッケン水の球を、ひょい、と宙に投げた瞬間、ジョセフのコントロールを離れた波紋はセッケン水の球を爆発させた。 しかし自分の至近距離で炸裂させるモノに殺傷力を持たせるわけには行かない。ただのかんしゃく玉程度の代物でしかなかったのだが。 「むっ!?」 突如炸裂したセッケン水の爆弾にワルド達が怯んだ瞬間、ジョセフは素早いフットワークで『ワルド達の輪の中央』に入り込んだ。 「目くらましごときでどうにかできると思ったのかガンダールヴ!」 数瞬の不意を突かれたとは言え、ワルド達にとって致命的な不利を生み出す訳ではなかったどころか、ジョセフは貴重な数瞬を死地に潜り込むに用いただけだった。 五人は一様に勝ちを確信した邪悪な笑みを浮かべ、一斉に切っ先をジョセフに向けて口走った。 「死ねい、ガンダールヴ!!」 最もジョセフに近いワルドが、ジョセフを必殺の間合いに捕らえたその時―― (わしだって自分のスタンドが戦闘向きじゃあないことは重々承知しておるッ! ハーミットパープルを放っても必ず相手を捕まえられるわけじゃあないッ……だから逆に考える。避けられないほど隙間無くハーミットパープルを放てばいいんだとな!) 「全開! ハーミットウェブ!!」 ジョセフの両腕から迸る無数のハーミットパープルが、今正にジョセフに躍りかかろうとした一体のワルドを滅多刺しにし、消し飛ばした! 「何!?」 驚きの声を上げる間もあらば、茨達はジョセフの周囲を縦横無尽に駆け巡り、ワルド達を捕らえ絡め取る! 「我が友、花京院典明の技ッ! 半径20m隠者の結界ッ!!」 ジョセフはただ無闇に防戦に回っていた訳ではなく、ましてや何の考えもなくワルド達の輪に入り込んだ訳ではない。隠者の結界を張るための準備を着々と整えていたのである。 ジョセフが用意した毛布、これはワルドの攻撃を防ぐ為のものではなく、『ワルドに切り刻ませる為』に用意していたッ! 大樹の踊り場で『流星の波紋疾走』を仮面の男が避けた時から、既にジョセフは『ワルドは何らかの手段を用いて分身している可能性』に辿り着いていた。 魔法衛士隊隊長が初見で回避すら出来なかった攻撃を避ける為には、あの攻撃を目撃するかもしくは知るかしていなければ避けることは出来ないはず。よってこの状況になれば、ワルドが分身を用いないはずはない、と考えるのは当然のことだった。 風のメイジであるワルドが風を攻撃に用いる場合、考えられる手段として女神の杵亭で見せたウインド・ブレイクに、分身が使ったライトニング・クラウドの他、カマイタチのような斬撃があるという予測に辿り着くのは簡単。 もしカマイタチがなくとも、ライトニングクラウドに焼かせればよい、という算段もあった。 しかしてジョセフの読みは完全に当たり、ワルドはジョセフの求めに応じて毛布を切り刻んだ。 激しい風の巻き起こる空間で毛布の切れ端は風に浮かんで飛び散る。 後は『毛布の切れ端』に対し、『手の中に残った毛布の残骸』を媒介としてスタンドパワーと波紋を全開にしてハーミットパープルの追跡を行うことにより、半径20mに波紋ハーミットパープルの結界を張ることに成功したのだ。 ワルドに直接放つより、空間全てにハーミットパープルを敷き詰めればよりワルド達を捕らえられる可能性は高まる。しかも平民に対する貴族の慢心、油断に加えて、一度も見せていないハーミットパープルを満を持して放つ! 結果。 一体のワルドが波紋で吹き飛ばされ、本体含めた四体のワルドはハーミットパープルに捕らえられて身動きの一つすら取れはしない。 「く……っ! 貴様、ガンダールヴ! やはり、先住魔法を使うというのか……!」 懸命に茨から脱出しようともがくワルド達だが、その度に微弱な波紋が走り抵抗を妨害していた。 「フン、先住魔法? 笑わせるな坊主ッ! これはスタンド……魂を具現化した力ッ! オマエのようにバカヅラ晒して得意満面に自分の手の内何もかもバラすドアホウにこのわしが負けるはずァなかろうがッ!」 ビシ、と指を突きつけたジョセフは、続いて鼠を嬲る猫のような笑みを見せた。 「さぁーて、どいつが本物か確かめんとなァー? 斬って捨てたら判るよなァ~~~~?」 ゆらり、と剣を振り上げ―― 「これで仕舞いじゃぞワルドッ!!」 「相棒! 右だっ!」 ワルドへ振り下ろされかけた切っ先が、右から放たれた炎の弾丸へ向きを変え、切り払う! 見ればニューカッスル城に詰めるメイジ達が駆けつけて来る姿。 (うッわ~~~ァ、もう来たのかッ、せめて後一太刀か二太刀くらい遅れんかッ!!) ジョセフの危惧していた事態が、極めて間の悪いタイミングで起こった。 天守から不穏な爆発が起こり、駆け付けて来れば怪しげな平民とメイジが対峙しているのだ。 一般的なメイジの思考としては、パーティでも多少紹介を受けたトリステイン魔法衛士隊の隊長に加勢するのは当然過ぎる話である。 ワルドもまた、この好機を指を咥えて見逃すような愚鈍ではない。 「こいつだっ! ウェールズ皇太子の暗殺を謀って居室を爆破したのはこいつだっ!」 ウェールズ皇太子暗殺未遂犯の言葉に、アルビオン王国生き残りのメイジ達の杖が、ジョセフに向けられた――! 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(ふぅ~~~~ッ、危ないところじゃったわいッ。 ちと刺激的なギャグじゃったとは言え本気で殺されるかもしれんかったのォ) 救急車の中、空の向こうから魂を引き戻されたばかりのジョセフは包帯を巻かれた胸を撫で下ろしていた。 既に死亡していた自分にDIOの死体から輸血して蘇生させるという、ある意味今までの冒険と戦いを台無しにしかけないくらいの大博打ッ。 しかしさしものDIOとは言え、血だけではジョースターの血統を乗っ取ることは出来なかったようだ。 ジョセフは自分の横のベッドに視線を落とす。スタープラチナと承太郎に吹き飛ばされて完全敗北した、かつてDIOだった男の死骸は今も救急車の中で自分達と共に運ばれている。 この死骸を太陽光に晒し、復活の芽を完全に摘み取った時こそ、五十日にわたる冒険が真に終わるのだから。 (じゃが念には念を入れておかなければなるまい……) ジョセフは知らず知らずのうちに、自らの右手を強く握り締めていた。 自分の祖父ジョナサンは、吸血鬼となったDIOと戦いその身を打ち滅ぼした……と思った。しかしッ! DIOは首だけとなっても生きていたばかりか、なおもジョナサンへ襲い掛かり、ジョナサンの肉体を奪い取って復活したッッッ! DIOの血は果たしてどのような効果を及ぼすのか。これで吸血鬼化するとかDIOに乗っ取られるとかしようものなら、本当に今までの冒険が台無しとなる。 しかしジョセフには吸血鬼に対する必殺の切り札、波紋がある。 (じゃがなァ~~~~吸血鬼の血が身体に流れてる人間が波紋使ったら一体どうなるんじゃ? 呼吸が出来なくなって死んだりしたらヤじゃのう) ちょっと波紋を練ってみる。 「おおっ……ふ」 少し痛みが走るが、大体大丈夫。死ぬ危険はない。 だが波紋の効果が自分に及んでいるという事は、少なからずDIOの残滓が自分の中に眠っているということでもある。しばらく血を浄化するためにも、痛みがなくなるまでは波紋呼吸を続けなければなるまい。 「じじい……何してやがる」 承太郎が訝しげな目でジョセフを睨む。 「うむ。DIOの血が流れておるんでの、念を入れて波紋を自分の体に流そうとな……」 先程までの文字通りの死闘を潜り抜けた安堵感が、祖父と孫の間に流れたその瞬間ッッ!! 「ッッッ!!!」 「な……なんじゃあこれはァ~~~~!!?」 突然救急車の中に現れる、眩く光る“鏡”ッ!! 新手のスタンド使い!? 祖父と孫に流れ始めていた安堵感は即座に吹き飛び、二人の男が戦士の表情へと変わるッッ!! スタープラチナ、ハーミットパープル、二体のスタンドが発動する……が、鏡は承太郎とジョセフではなく、DIOへ向かって動き出していたッッ!! 「!!! スタープラチナッ……」 「いかんッッ!」 承太郎は自らのスタンドの能力を発動させようとした。しかしジョセフは…… (あの“鏡”が一体“何”なのかはちっともわからんッッ!! じゃが…あの鏡にDIOを触れさせてはいかんッッ それこそ! 本当に! わしらの旅が台無しになってしまうッッッッ それだけはッッッッ させてはならんのじゃあああああ!!!!) 根拠があったわけではない。 しかし、ジョセフには奇妙なまでに強い『“鏡”をDIOに触れさせてはいけない』という確信があった。 DIOが祖父の死体を冒涜した怒りで高まり、時を止めるまでに至った承太郎の精神は……DIOを再起不能にしジョセフを蘇生させたという気の緩みからか……時を止めることは出来なかった! だがジョセフの試みは成功したッ! DIOの身体をベッドから全て蹴り落とし、代わりに自らが鏡へタックルするように飛び込んだッッ!! 「じじいーーーーーッッッッ」 時間停止を即座に諦め、鏡に引きずり込まれようとするジョセフを無理矢理に引きずり出そうとするスタープラチナッ!! 高い精密な動きと俊敏な速度を持つ白金の腕は、凄まじい勢いで引き込まれていくジョセフの腕を掴んだ……が、スタープラチナの力を持ってしても、ジョセフを引き戻すどころか! 引き込まれていく動きを留めるだけで引き込まれていくことには変わりがない! 「手を離せ承太郎ッ! お前まで引きずり込まれたらDIOの後始末を誰がやるんじゃ!」 「ふざけんなじじいッッッ 俺が生き返らせたってのにここでリタイアなんかこの俺が認めねェェーーーッッッ」 「心配するな承太郎! 何があってもわしは必ず帰ってくる! わしが帰らんかったらスージーにはわしは死んだと伝えておけ!」 「帰ってくるとか言ってるのに遺言残してんじゃねェじじいーーーーッッッ」 「落ち着け承太郎! ホリィから父と息子を同時に奪う気かッ」 その瞬間、スタープラチナの力が思わず緩む! 鏡はジョセフの綱引きに勝利し、一気に彼を引きずり込んだッ! 「ハーミットパープルッッッ!!」 ジョセフが鏡に飲み込まれようとする瞬間、ジョセフの左腕から伸びた紫の茨が彼の上着と帽子へと伸び、持ち主と共に鏡へと引き込まれる! 「いいか承太郎ッ! DIOの後始末はお前に任せるッ! あ……それともう一つッ!」 もはや今のスタープラチナでは鏡からジョセフを引きずり出せない。それを察した承太郎は、歯を食いしばりながら、鏡から僅かに覗いたジョセフの顔を睨みつけていた。 「なんだじじいッッッ!!」 「楽しい旅じゃった! 孫と旅が出来て、わしゃ本望じゃったぞ承太郎!!」 その言葉を最後に、ジョセフの身体は全て鏡に飲み込まれ……そして、鏡も、消えた。 「じじいーーーーーーーーーーーーッッッッ」 承太郎の絶叫が、轟いた。 To Be Contined → 戻る
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ゼロの使い魔への道-1 『ギーシュ危機一髪 その1』 『ギーシュ危機一髪 その2』 『ギーシュ危機一髪 その3』 『キュルケ怒りの鉄拳 その1』 『キュルケ怒りの鉄拳 その2』 『キュルケ怒りの鉄拳 その3』 『燃えよドラゴンズ・ドリーム その1』 『燃えよドラゴンズ・ドリーム その2』
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フーケが破壊の杖を置いて行ったであろう場所は、時を置かず発見できた。 煌々と月明かりが大地を照らすハルケギニアでは、よほどの暗がりでもない限り明かりを用意せずとも光度は問題が無い。 ひとまず用心には用心を重ねようと、シルフィードを離れた場所に着地させ、ハーミットパープルで周囲に怪しい反応がないかも確認する。 だが三人の警戒を無駄にするかのように、ハーミットパープルのレーダーには何も反応を示すことは無かった。 「……ここまでされると本当に何もなかった時がバカみたいじゃの」 「確かにこんなに早く追跡されるだなんて考える方がおかしいんだけど。無用心だわね」 「逆に言えば、裏をかいたという事。今が奪還のチャンス」 そうと決まれば、まだシルフィードの背中ですやすやと寝息を立てているルイズも起こさなければならない。 ジョセフは波紋を練ると、太陽の光のように柔らかく光る両手をルイズの背に当てた。 人間は睡眠に落ちる際に自らの体温を低下させ、目覚めるに従って体温を上昇させる。寝起きが悪いのは体温の調整がうまく出来ないのも一因である。 それに体温が上昇すれば自然と寝苦しくなって―― 「ううっ……あ、暑い……」 ルイズの寝起きの悪さをよく知っているキュルケが驚くほどの早さで、ルイズは覚醒した。 「波紋って色んな使い方があるのねー。私も真剣に覚えてみようかしら」 普段の口調とは違い、かなり真剣に波紋の習得を検討するキュルケにルイズが噛み付くのを適当に宥めつつ、手短に事情を説明してから破壊の杖のある場所へ歩いていく。 そこは森の中でもやや開けた草むらで、その中央には随分と年季の入ったボロボロな小屋が一軒建っていた。 「地図から見るとあっこに破壊の杖があるようじゃな」 ハーミットパープルを使うまでも無く、周囲に人気が無いことは丸分かりである。 とは言え、それでもいざという時に備えて、外に見張りを立てた上で中に入ろうという計画が立てられる。 四人で相談した結果、キュルケとタバサが外で待機し、ジョセフとルイズが小屋に入るということで一応の決着を見た。 ルイズの前に立ち、身を屈めながらも心持ち早足に小屋へ接近すると、扉を押し開けて中へ入る二人。 ジョセフが波紋を全身に回せば、ほのかな光が小屋の中を照らす。 誰もいないと判っているはずなのに、ルイズは懸命に伸ばした腕の先で必死に杖を構えている。 杖の先が緊張を恐怖を如実に表わして震えているのが、ジョセフの苦笑を誘う。 「こらこら。見ての通り誰もおらんじゃろ? 気楽にしとけ気楽に」 「わわわわかんないじゃない、だだだ誰かいたらどうすんのよ!」 年頃の少女にとってはこのような状況が怖くないはずもないし、現にルイズはありもしない敵の幻影に警戒しすぎていた。 その気持ちはわからなくもないので、ジョセフはとりあえずルイズの手を握る。 「な……何するのよっ。勝手にご主人様の手握ってんじゃないわよっ」 目元を赤らめながら顔を背けるルイズだが、それでも無理に手を離そうとはしない。 「まあまあ。この哀れな使い魔めにご主人様の手を握る栄誉をお与えくだされ」 何かを言おうとしたルイズだが、結局しばらく口をパクパクさせた後で頷くだけだった。 とりあえず片手は繋いだまま、ハーミットパープルを発動させる。 手に持った宝物庫の欠片を媒介とした紫の茨は、すぐさまある一点に奔り、一抱えもある高価そうなケースに絡みつく。 「これが破壊の杖か?」 ひとまずケースを開けて確認すれば、その中身にジョセフは思わず驚きを露にした。 「……コイツが破壊の杖じゃと? どういうこっちゃ」 M72ロケットランチャー。映画や雑誌などで目にしたことはあるが、さすがのジョセフも実物を触るのは初めてのことである。 「それが何か知ってるの?」 「ああ。こいつぁ……わしの世界の兵器じゃぞ。なんでこんなモンが……」 手にとって使えるかどうか確認しようとロケットランチャーに触れたジョセフの左手が、今度こそ存在を強く主張するかのように手袋の中で眩く光る。 それと同時に、正確には知らないロケットランチャーの使い方が頭の中に『浮かんで』きた。 その感覚はデルフリンガーを掴んだ時にもあった感覚だが、その時に左手から漏れる光を感じたのはフーケとの交戦時もあわせて、今夜が二回目である。 やっと手袋を脱いで確認すれば、義手に刻まれたルーンが眩いほどの光を放っていた。 「……こいつぁ一体、なんなんじゃ……」 その答えはまだ誰からも提示されていない。ルーンを刻んだ張本人ともいえるルイズも、訝しげな顔をして光っているルーンを見ているだけだ。 「のうルイズや。一体わしに何が起こっとるんか判るかの」 「……えーと、ごめん。私にも何が何だか」 魔法が使えないだけで、様々な知識は豊富なルイズにも判らないとなれば、もはやお手上げとしか言う他はない。 得体の知れない力、という点で言えば生まれ持った波紋や、突然ある日発現したスタンドもあるので、さして不安材料にもならないのだが。 「とりあえずルイズや。こいつぁこっちの世界の人間にゃ使い方が判らんモンじゃからの。ひとまずこいつはわしが持っておく」 断りを入れて、背中にロケットランチャーを背負ってから、改めて狭い小屋の中を見渡す。ここをアジトと呼ぶには、あまりにも生活感の無さが目立ってしょうがない。 「うむ、となるともうここに用はありゃせん。出るぞ、ルイズ」 ルイズと共に小屋を出て、外で所在無さげに待機している二人と合流し、これからの行動を相談することにした。 「えーとじゃな、フーケは今この辺りにおるな。どうやら来た道をトンボ返りしとる」 「まさかまた学院に盗みに行く気かしら? それはそれで気合入ってるわね」 「破壊の杖が目的ではなく、学院を愚弄するのが目的とも考えられる」 「どっちにしたって、私達がバカにされたのは事実だわ! とっ捕まえてギャフンと言わせなきゃ気が済まないわ!」 約一名、バカにされたと憤っている少女が『フーケをとっ捕まえてギャフンと言わせる』のを強硬に主張する。 「んーまあそうじゃな。破壊の杖は取り戻しましたがフーケは逃しました、じゃ画竜点睛を欠くのもいいところじゃしな」 「そうそう。取られたものを取り返しただけじゃ、何の解決にもなってないわ。悪いネズミちゃんは捕まえて懲らしめてあげないとならないものね?」 「今から追跡を再開すれば夜明けまでに追いつく」 「そうとなれば善は急げだわ! さあみんな、フーケを捕まえに行くわよ!」 約一名、ここまであまり役に立っていない少女が意気揚々とシルフィードが待っている場所へと歩き出すが、約二名は苦笑混じりに、残り一名は感情を伺わせない顔をしながら彼女の後ろをついていく。 再びシルフィードが風を捕らえて空に飛んだ時には、ルイズも眠気を訴えるようなことはせずにバスケット一杯のイチゴを食べて目を見開いていた。 「覚えてなさいよフーケ……追いついたらギッタギタのメッタメタにしてやるわ!」 どこぞのガキ大将のような事を言うもんじゃのう、と苦笑するジョセフ。 それから程無くして、地図の上の金貨は小石に追いつこうとしていた。 「よしよし。もうそろそろフーケめに追いつくのう。さてここでわしは挟み撃ちの形を提案したい。四人全員でシルフィードに乗って追いかけても効率が悪いからの」 そこからジョセフは、シルフィードに乗ったまま追跡するグループと、フライで追跡するグループに分かれての攻撃を提案する。 スピードに勝るシルフィード組がフーケの進路に先回りしてフーケの移動を阻害しつつ、自由度に勝るフライ組がフーケを追い詰めるという作戦である。 その作戦自体には誰も異論を挟まない。だがその組分けに強固に反対する少女が一人いた。我らがゼロのルイズである。 シルフィード組とフライ組に分かれるということは、シルフィードを操るタバサは自動的にシルフィード組に回ることになる。 必然的にフライを使える残り一名であるキュルケはフライ組に回る。となると、ジョセフとルイズは別の組に回ることになる。 「ダメよダメよ! ツェルプストーの色情魔とジョセフを一緒にするのは反対!」 「じゃがのう。わしがシルフィードに乗っててもわしは何も出来んぞ。わしがキュルケに連れてってもらって、遊撃した方が戦力的にはちょうどいいんじゃぞ。 わしらじゃシルフィードを満足に操れるかどうか怪しいしな」 それからもしばらく駄々をこねていたルイズだったが、月明かりの下に馬を走らせている、宝物庫襲撃の時と同じローブ姿のフーケが見えるに至り、渋々ジョセフの案を承認した。 「ああん、こんなにダーリンと密着できるだなんてぇ。ダーリンのたくましい身体がス・テ・キ☆」 「アンタ、今からフーケをブッちめるってことを忘れてるんじゃないでしょうね!」 この期に及んでルイズをからかうことは忘れないキュルケと、挑発にいちいち乗るルイズ。 「ほらほら二人とも、そろそろ時間じゃぞ。気ぃ引き締めていかにゃならんぞ」 シルフィードの影でフーケに気取られることのないように距離に気をつけつつ。やがて街道が林の中を通ろうとする段階で、キュルケはジョセフを背負ったままフライの魔法で大空に飛び出し、地表近くの高度を維持してフーケ追跡行に入る。 それを見届けたシルフィードが、一気に加速し、林の木々にぶつからない高度を飛ぶことでフーケの頭上に影を落とす。 フーケは当然時ならぬ影に視線を上げ、頭上にいる風竜が前に回り込もうとしていることに気付き、速度を落としつつ街道を離れようとする。 しかし道の左右は林、夜の道を馬で走ることは非常に難しい。 馬を捨てて林の中を逃げるべきか、それともUターンして来た道を戻るか逡巡したところで、背後から猛スピードで追跡する一つの飛行物体が一気に距離を詰めてくる―― 「追いついたぞフーケッ!!」 キュルケに背負われたジョセフが、左手にデルフリンガー、右手にハーミットパープル、全身に波紋の光を構えて突進してくる! フーケはいちかばちか馬のまま林の中へ入ろうとしつつ、突っ込んでくる二人目掛けて魔法を唱えようとした、が…… 「行ってらっしゃいダーリンッ!!」 キュルケはフライで出せる最大限のスピードを維持したまま、ジョセフはキュルケの背を蹴って跳躍する! 加速したスピードのまま空を飛ぶジョセフは、ハーミットパープルを木の枝に巻きつけて速度を殺しつつも、なおもハーミットパープルをロープ代わりに林の木々を飛んでフーケへ急速接近していく! 「なッ!?」 予想外の行動に、ジョセフに一瞬気を取られてしまったフーケ。 「どこ見てんのよッ!!」 その一瞬の隙が、まだフライを解除していないキュルケの接近を許す結果となる! 全身に風を纏ったまま、ありったけのスピードで空を駆けるキュルケのタックルは、質量と速度が重なることで高い攻撃力を持つに至る。 「ぐはッ!?」 メイジと言えども、不意打ちを食らえばただの人間である。 キュルケのタックルをモロに食らったフーケは馬から落ち、地面に叩き落される。 だがフーケは地面に叩きつけられてなお、降参するどころかなおも抗う意思を示そうと、懐から素早く杖を取り出して呪文を詠唱していく! 「我が下僕達よ!!」 素早い詠唱で完成させた呪文は『錬金』。 ひとまずフーケは自分を囲むように三体のゴーレムを作り上げたが、素早く完成させるだけが取り得の『錬金』で完成したゴーレムは、30メイルのような大掛かりなものではなく、2メイルにも満たない土人形でしかない。 それでも腕力は普通の人間を大きく上回るだろうが、如何せんキュルケとジョセフの前では時間稼ぎ以外の何者でもなかった。 「ハーミットウェブッ!」 「ファイアーボールッ!」 頭上から奔る紫の茨と、正面から放たれる火の塊を防ぐだけで、一体はたっぷり波紋を流され爆散し、もう一体は火球を受け止め燃え尽きていく。 主人を守る為だけにその身を差し出したゴーレムだが、二人はなおも攻撃の手を休めようとせず追い討ちをかけてくる。 「くッ……調子に乗ってんじゃないよッ!」 しかしフーケも、キュルケのタックルを受けて落馬しながらも二人を相手取って戦闘を行おうとする時点で、今まで重ねてきた経験をここぞとばかりに発揮していた。 次に完成させた呪文は錬金ではなく、直前までゴーレムだった土塊を周囲に拡散させる『砂嵐』。 それで僅かにも二人の動きと視界を奪いつつ、意外と俊敏な動きで茂みに飛び込んだ! そしてシルフィード組のタバサとルイズが、シルフィードから降りてその現場に遅ればせながらやってくる次第だ、が。ルイズの不機嫌メーターは非常に危険な水域を示していた。 (何よ何よッ! デレデレしちゃって! 私だってフライさえ使えたら……!) 今頃、あそこで勇ましくフーケと戦っているのは自分のはずだったのだ。 それがあのにっくきキュルケというのがどうにも気に食わない。 今夜はタバサにメイドにジョセフがデレデレしてたのも気に食わないのに(ルイズ視点ではジョセフはタバサとシエスタにデレデレしているようにしか見えなかった)、それだけでは足りないと、よりにもよってあのキュルケとまで! 「このッ……アンタが来なかったらぁ!!」 今にも爆発しそうな(理不尽な)怒りをこらえつつ、茂みに飛び込んだフーケ目掛けて魔法を連発する! だがそれは残念ながら、フーケに利する行為となってしまった。 「ぬぅッ!?」 「きゃっ!? 危ないじゃないルイズッ!」 ルイズの失敗魔法が炸裂したのは、一瞬前までフーケがいた地点でしかなく、そしてそれはジョセフとキュルケからフーケの姿を見失わせ、二人の追撃の足まで止めてしまった。 その絶好のチャンスを指を咥えて見逃すはずも無いフーケは、林の中に微かに差し込む月明かりを頼りに決死の逃走を図る! ここでフーケと追跡者達の現状の差が如実に出た。 数と優位さで勝るジョセフ達に対し、一人しかおらず手負いとなったフーケ。彼女がとる行動は当然、命懸けでその場を離脱して状況を立て直すしかない。 仲間達が行動を共にするジョセフ達に対し、フーケが頼れるのは自分自身しかいない。余裕をもたらした弛緩と、決死の覚悟の差は、フーケの逃走を見事に成功させていた。 「いかんッ……ヤツを見失ったか!」 ハーミットパープルを伸ばし、なおも追跡を続行するジョセフ。 「何してんのよルイズッ! ああもうッ、なんてこと……!」 ルイズをからかう余裕さえ見せず、フーケの逃げた場所に照明弾代わりに火の塊を飛ばし、フーケの逃げた方向を注視するキュルケ。あと一歩のところまでフーケを追い詰めたというのに、それを逃した二人の失望はありありと横顔に出ていた。 ジョセフはともかく、キュルケが自分をからかいさえしないという事実は、ルイズの心を叱責するのには効果抜群だった。 (なっ……何よ! そんな反応するなんてっ……!) ルイズにとって予想外の反応を示されたばかりか、叱る時間も勿体無いとばかりにフーケに注意を傾ける仲間達。 ジョセフはハーミットパープルを伸ばし、直にフーケを追跡する。キュルケは照明代わりに火を飛ばし、隠れる闇を消していく。タバサは風を集めることで音を自分に集め、林の中を逃げるフーケがどこに向かおうとしているのかを感知しようとする。 だがルイズには何も出来ない。 魔法を使おうにも爆発するだけの魔法では、タバサの邪魔まですることになる。 フーケを追う意思だけは他の仲間よりも強いルイズは、意志の強さに反するように、何も追跡に役立つ手段を持ち合わせていなかった。 ――そして、フーケは反撃の体勢を整えた。 林の木々を飲み込みながら、巨大なゴーレムが立ち上がる。 それはジョセフ達を翻弄し、嘲笑ったものと同じ。 30メイルの巨人が、再びジョセフ達の前に立ちふさがる――! 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モンモラシーは、朝一番でギーシュのお見舞いへと来ていた。 友人には、二股していた奴に、よく会いに行けるわねぇ、と言われたが、仕方ない。 ――――――だって、好きなのだから。 あの浮気性は困り者だが、それさえ無ければ、お調子者で女の子に優しくてキザでドットで………… ………………・・・せめて、浮気性ぐらい秘薬で治しておくべきか。 そういえば、惚れ薬なんて言うのもあったわねぇ、とか考えていると、医務室の前に辿りついた。 でも、なんというか、様子がおかしい。 朝一番と言ったが、空はまだ薄暗い。 だと言うのに、扉が僅かに開いている医務室から話し声が聞こえてくる。 なんだろうと思い、僅かな隙間をそっと広げて中を窺ってみると、そこにはコルベールとロングビルの姿があった。 そして、その二人が囲っているベッドの上には――― 「ギーシュ!!」 扉を勢い良く開け放ち、ベッドの上に居るギーシュへと呼びかける。 コルベールとロングビルは、唐突に響いた大声に、驚いたような表情でモンモラシーを見たが、彼女にそんな事は関係ない。 「あぁ、ギーシュ、ギーシュ! 心配したのよ、私。でも、良かった。なんともないようで……ギーシュ?」 なんというか違和感がある。 目をぼんやりと開けたままのギーシュは、あぅあぅと呟いて、中空を見つめているだけで、自分に対してまったく反応してこない。 「ねぇ、ギーシュ、どうしたのよ、ねぇ、ちょっと、ふざけないで、どうして、ねぇ お願い、返事を、返事をしてよ、ギーシュ!!」 モンモラシーの悲痛な叫びが、早朝の学園に響き渡った。 水差しを洗いに行って戻ってくる途中であったメイドは、その声に、くすりと笑みを溢した。 今朝の目覚めは、ルイズにとって最高であった。 何時も自分で取っていた服が、杖を振るだけで手元へとやってくる。 そんな、メイジにとっての当たり前が、ルイズにとっては、とてつもなく嬉しかった。 そのまま、気分良く着替えていた所で、机の上に置かれている手紙に気が付く。 「ホワイトスネイク」 「ナンダ?」 「これ何?」 ホワイトスネイクの返答は、夜中に扉の下から挿し込まれたらしい。 中を開いて見ると達筆な字で、ルイズが起こした決闘騒ぎの罰が書いてあった。 あの時、オスマンが言ったように、ルイズは謹慎一週間で決定の印が押されていた。 「一週間……暇になったわねぇ……」 この決定にルイズは対して、不満を持っていなかった。 何せ、罪を犯したのは事実なのだから。 その罪と言うのは、勿論、禁止された決闘を行ったことであって、ギーシュから才能を奪って殺害寸前まで追い込んだのは、彼女の中では罪ではなく、ギーシュに対する報いであったのは説明するまでもないが。 「まぁいいわ、あの平民の様子も見に行きたかったし……」 自分の使い魔のルーンをDISCとして差し込まれている、あの少年。 あの時の速さは、通常時のホワイトスネイクを遥かに上回る速度であった。 「使い魔は、もう居るし……無難な所で使用人って所かしら…… 執事って程に落ち着いた様子は無かったし、ん~」 少年を自分専用の護衛として雇う気満々のルイズは、どんな肩書きが少年に合うのか、 じっくりと考えながら医務室まで歩き始めた。 部屋を出て、医務室のある学園の方に行く為の螺旋階段を下りる時、見慣れた赤毛がルイズの目に留まる。 「あっ……」 キュルケはルイズを見つけた瞬間に、元々俯いていたその顔を、さらに俯かせた。 だが、すぐに顔を上げて何時ものように、色気を帯びた笑みを浮かべてルイズに手を振った。 「ルイズ、元気? 昨日は大変だったみたいねぇ! で、どうなの? 噂では、ギーシュの魔法を使えるようになったとか、言われてたけど どうなのよぉ、そこんところは」 明るく振舞うキュルケに、ルイズは煩そうに顔を顰め、腕を軽く振るう。 伸びる腕 押さえつける手 押し付けられる身体 ホワイトスネイクがキュルケの身体を、杖を抜く暇も与えずに、壁に押し付けたのだ。 呆然とするキュルケにルイズは、グイッと顔を近づける。 目を逸らす事も許さない。 強い視線でキュルケの目を見据えながら、ルイズの口が開く。 「良い、よーく聞きなさいよ。 私は、これから医務室に行くの、用事があるからね。 あんたの相手は、その後。精々、魔法を扱える最後の時間を楽しんでおきなさい」 そう言ってルイズは、壁にキュルケを押し付けていたホワイトスネイクを消し、そのまま螺旋階段を下る。 これ以上、言葉を交わす気の無い事を態度と行動で示されたキュルケは、そのままの体勢で赤髪を揺らし、耐え切れぬように叫ぶ。 「ねぇ、ルイズ、何が、何が、貴方をそこまで変えてしまったの? それは、私? 私が原因の事で、貴方は変わったの!?」 キュルケの慟哭にルイズは首を振るう。 変わった……? 違う、私は手段を手に入れただけに過ぎない。 人間とは、泡のようなものだ。 小さな気泡の人間も居れば、大きな気泡の人間も居る。 気泡を大量に持つ人間も居れば、一つしか持たない人間も居る。 千差万別の大きさと数がある気泡達だが、共通している事が二つある。 それは、その気泡の中に入ってるモノが感情であると言う事と もう一つ、その気泡は『起爆剤』さえ見つけてしまえば、理屈も何も無く、破裂してしまう事だ。 そして破裂した泡は、中に溜められていた感情を噴出す。 噴出された感情は、周囲に何があろうと、その発散を止められない。 いや、割れた当人にとっては、止める気もしないだろう。 ルイズは、今、まさにその状態だ。 魔法を奪うと言う、完璧な『起爆剤』を見つけてしまったルイズは、 16年間溜め続けた、使えない者として泡を破裂させてしまった。 記憶の積み重ねが人間であると、ホワイトネスイクは自らの主に言っていた。 ならば、この鬱積した感情もまた、ルイズと言う人間を形作る重要な因子なのである。 例え、その中の感情がドロドロに溶け合った黒であったとしても、だ。 「ルイズ……」 どうすれば、どうすれば、あの少女は、元の意地っ張りだけど、自分に正直な少女に戻ってくれるのか。 考えても、考えても、キュルケの頭には、何も浮かんでこなかった。 そんな親友の苦悩を、螺旋階段の一番上で眼鏡を掛けた少女は静かに見つめていた。 医務室に行って、ルイズが最初に目にした光景は、黒髪のメイドが真っ赤になって使用人になる予定の少年の身体を拭いている場面であった。 「………………」 「………………」 少し血走った目で、半裸の少年の世話をしているメイドもそうであるが、 初めて同年代の異性の身体を直接見たルイズも、時が止まってしまっている。 別に何も後ろめたい事は無い。 シエスタはシエスタで、自分を助けてくれた才人の身体を拭いていただけであるし、ルイズも、ただ医務室の扉を開けただけだ。 だと言うのに静止時間は、こくこくと過ぎていく。 永劫に続くかと言うような、その静止時間は、ブッチギリで10秒を越えた時に少年から漏れた僅かな呻き声で、ようやく進み始めた。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのですね! これは、これはその……汗を拭いてあげてるだけでして!」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そのぐらい分かってるわよ! べ、別に変な勘違いとか、その、初めて男の子の裸を見たから動揺とか、してないからね!!」 二人して吃って真っ赤な顔をしているその様は、傍から見るととてつもなく変な光景であった。 「そ、そ、そ、そうですよね! 怪我人の身体を拭いてたぐらいで勘違いなんてしませんよね!」 「も、も、も、勿論じゃない! か、勘違いなんて、そ、そんなものしないに決まってるじゃない!」 あはは、と乾いた笑い声を出すシエスタに、ルイズはなんとか平常心を取り戻そうと、息を吸ったり吐いたりしながら、備え付けの椅子へと座る。 ―――私は冷静、私は冷静、私は冷静――― なんとか頭から先程の光景を消そうと試みるが、基本的に箱入りで異性の裸に免疫が無いルイズにとって、それは至難の業である。と言うか、成功なんてするはずも無い。 シエスタはシエスタで、ようやく落ち着いたのか、また才人の身体を拭く作業を再開させている。 両人共、耳まで真っ赤に染めあげ、まるで熟れたトマトのようだ。 ――― ―――――― ――――――――― 幾許かの時が過ぎて、ようやく丁寧すぎる作業が終わったシエスタは、脱がせた才人の服を着せ始める。 かなり長い時間を掛け、若干の平常心を取り戻したルイズは窓の外を見ながら、作業を終えたシエスタに声を掛けた。 「ねぇ……そいつってさ、なんであんなのと決闘したの?」 「それは……私の所為なんです」 そういえば決闘してたのを手助けしただけで、理由までは知らない。 あの時、広場に一緒に居たこのメイドならば知っているのでは無いかと聞いてみると、ある意味、予想通りの答えが返ってきた。 (ふぅん……やっぱりね) 一緒に居たのだから無関係では無いと睨んでいたが、案の定である。 続く、シエスタの言葉で、あの時の詳細を知る。 どうやら、最初の発端は、シエスタがギーシュの香水の瓶を拾わなかったのが原因らしい。 それが元で、二股がバレてその八つ当たりに晒されていたのを、 才人が庇い、そんな才人の態度にますます腹を立てたギーシュが決闘を申し込んだらしい。 「ふん……馬鹿ね」 「確かに平民が貴族に歯向かうなんて馬鹿かも知れませんけど、才人さんは!!」 恩人が侮辱されたと思い、声を荒げるシエスタにルイズは違う違う、と手を振り、 溜め息を吐きながら、自分の言葉が誰に対するモノなのかを明確にする。 「私が馬鹿って言ったのは、ギーシュ……決闘を申し込んだ貴族の方よ。 あんた、落ちてた香水の瓶には気付いて無かったんでしょ? それなのに、責任を追及するなんて馬鹿げてるわ。 おまけに、二人の名誉が傷付けられた? 傷付けたのは誰よ? 少なくとも、あんたやそいつじゃあ無いわね」 フンッ、と鼻を鳴らし不機嫌に呟くルイズに、シエスタは、この人は普通の貴族じゃあ無いみたいと心の中で呟く。 彼女の中の貴族とは、平民に対しての配慮など、まったくしない。 そういう思考回路が最初から存在していないのだ。 だと言うのに、選民思想で凝り固まった今の貴族にしては珍しく、この少女は、もしかして、平民を人間として見ているのでは無いか、とシエスタは思ったが―――――― 「話を聞く限り、やっぱりあいつは貴族として失格ね。力を奪って正解だったわ。 あんなのが、私と“同じ”貴族だったと思うと反吐が出るわ」 その言葉に、シエスタはやっぱり違う、とルイズに聞こえぬように呟いた。 この少女は、心の底まで貴族で出来ている。 確かに、今の彼女には、無実の者に罪を擦りつけられた事に対する怒りもあるが、それ以上に、 『貴族』と言う名を持った者が、無実の者に罪を擦りつけ『貴族』の名に泥を塗った事に対しての怒りの方が占めるベクトルが大きいのだ。 才人に対し、治療費を出してくれた事などから、平民に対しての理解はあるらしいが、それも上の立場から見た者の理解である。 対等とは程遠い。 そう思うと、才人や自分を昨日、ここに運んでくれた事や、秘薬の代金を全額負担してくれた事に対する有り難みの気持ちが薄れていくのをシエスタは感じていた。 「ところで、今日はどのような用事でここに来られたのですか?」 なんとなく突き放したような感じの言葉を吐いてしまった自分に、心の中で失敗した、と思ったが、言ってしまった言葉は戻らない。 相手も、言葉に含められていたニュアンスに気が付き、目を鋭くさせたが、まぁいいわ、と呟いて、すぐにその鋭さを取り払った。 「そいつの様子を見に来たんだけど……まだ、目覚めてないみたいね」 「治療をしてくださった方のお話では、もう目覚めても良いとの事ですが……」 磨耗した精神が休息を欲しているのか、それとも、もっと別の要因なのか。 「目覚めても良いって事は、もう治療は終わってるのよね?」 「えぇ、治療自体は昨日、全て終わっていますけど」 「なら……問題は無いわね」 シエスタの言葉に、ルイズはホワイトスネイクを出現させる。 唐突に現れたホワイトスネイクに、シエスタは驚愕の表情を浮かべていたが、ホワイトスネイクが現れた事は、さらなる驚愕への布石であった。 「ホワイトスネイク、あいつを起こしなさい」 命令が下されると同時に、ホワイトスネイクの手にDISCが出現する。 それを寝ている才人の頭に差し込んだ。 「何をしてるんですか!?」 「『覚醒』のDISCよ。 どれだけ深い眠りだろうが、DISCの命令には逆らえない」 自慢げに説明するルイズの目の前で、ベッドの上に寝かされていた才人の身体が震える。 「うぅ……うぅん……」 そして、DISCを差し込んでから僅か三秒 上半身を起こして、間の抜けた欠伸を才人は披露した。 そこは、ハルケギニアではなく、もっと、もっと遠く、そして辿りつけない世界。 知る者が語れば、悪鬼の巣窟とも、この世の天国とも答えるその場所は秋葉原と言う、日本と言う国の電気街であった。 その街の一角の、古ぼけた店に修理を頼んでいたパソコンを取りに来た才人は、突然の事態に目を丸くしていた。 なんというか、気が付いたら皆、全裸なのだ。 下着一枚身に着けていない通行人達を見て、才人は一瞬、ぽかーん、と大口を開けていたが、 すぐに自分も服を着ていない事に気が付いた。 何が起こったのか分からないが、このままでは警察に捕まると、凄まじい勢いで才人が服を着終わる頃に、街を歩いていた通行人達も、この不可解な現象に叫び声を上げ始めていた。 とりあえず、面倒になるのは嫌だったので、早足でその場を立ち去る。 預けていたパソコンを回収することも忘れて、駅へと向かった。 とりあえずは、家へと帰ろう。 そう思い、駅への近道である路地裏を通ろうとした時に『ソレ』は現れた。 自分の身長以上もある鏡。 これは、なんだろうか? 疑問に思った才人は、石を投げ込んでみたり、家の鍵を差し込んでみたりと色々試した挙句に、結局、その中に入る事にした。 中に何が待ち受けているのか、才人は分からなかったが、何故だか分からない予感だけは存在した。 多分、この鏡を通過したら、自分は『別の世界』に行くのでは無いかと言う予感が…… そうだ……それで俺は…… その予感の通りに月が二つある異世界に来てしまったのだ。 始めは、この突飛な事に、才人は驚いた。 驚いたが『絶望』はしなかった。 何故だか分からない世界で、一人だけだと言う事実すら『絶望』を才人に与える事は出来なかった。 何故なら、そういう予感があり、こうなると言う『覚悟』を才人は無意識に持っていたからだ。 そうして、自分はシエスタと出会って……それから…… あの桃色の髪の少女と、出会ったのだ。 「ふぁぁぁぁぁ……ん」 ピキピキと起きたばかりの筋肉が張る音を、ぼんやりと才人は聞きながら、大きな欠伸をした。 なんというか、もの凄く目覚めが良い。 十時間以上グッスリ眠った後の目覚めも、ここまで爽快感を与えてはくれないだろう。 そんな事を、つらつらと考えていると、急にベッドに押し倒された。 「にぇ、にゃんだ!?」 回らない舌で、叫んだ声は自分で聞いても酷く間抜けで泣きたくなったが、 それよりも、今、自分に抱きついてきてる者の方へと意識がいく。 「良かった……良かった……才人さん、本当に、良かった……」 抱きついてきた少女は、泣きながら才人の覚醒を喜び、その胸の中で、彼の暖かさを感じていた。 「ごめん……心配掛けた……」 泣いている少女を安心させる為に、才人も確りとその細い身体を抱きしめる。 二人がお互いの体温を感じている中、ルイズだけが不機嫌そうにその光景を眺めていた。 「ちょっと」 一分か二分か、まぁ、ともかく時間が暫く経過すると、ルイズは、とうとう我慢しきれずに声を掛けた。 その声に、才人は、うわわわわぁ、とあからさまにうろたえて、シエスタは、と言うと、なんだか物凄い目でルイズを見てきた。 その目は明らかに、空気を読んでくださいと言っていたが、あえて無視する。 「あんた!」 「はい、なんでしょうか!」 ルイズの怒声に、才人は、これは逆らうとマズいなと感じて、思わず敬語で返答する。 と言うか、さっきから予感が訴えてくる。 これから、この少女に扱き使われると言う、あまりにも叶って欲しくない予感が…… 「あんたを、これから私専属の使用人に任命するわ。 この私の世話が出来るのよ、ありがたく思いなさいよ」 「なっ! どっ、どういう事ですか!?」 桃色の少女の言葉に、シエスタが噛み付いているが、才人は、多分、少女の言った通りになる事を感じていた。 (『覚悟』はあった……『覚悟』はあったけど、正直、泣きてぇよなぁ……) これから起こるであろう苦難の道の『予感』に、才人は溜め息しかでなかった。 アルヴィーズの食堂での豪勢な昼食を前にして、キュルケは昨日と今朝のルイズの様子を思い出してブルーになっていた。 そんなキュルケの隣には、目の前の料理をパクパクモグモグハグハグと次々に胃袋へと収める暴食魔人が座っている。 「ねぇ……タバサ」 そんな暴飲暴食娘に、キュルケは声を掛ける。 何時もの彼女らしくなく、とても弱々しい声。 「どうして……ルイズは……」 その先は続かなかった。キュルケは、言葉を詰まらせ、テーブルの上に載っていたワインを呷る。 タバサは、ルイズの事を魔法が使えないメイジであり、それを理由に周囲から苛められていたぐらいのことしか知らない。 だから、ルイズの事は『危険』だと認識していた。 虐げられていた者の所へ、虐げていた者達に復讐するだけの力が手に入ったなら、 どんな聖人や天使だろうと、その力を振るう。 何故なら、そういう者達は信じているからだ。 虐げられている自分達の事を助けてくれる何かが、何時か、きっと自分達を救ってくれると。 タバサ自身、そんなものに一片の希望すら持っていないが、心の底ではもしかしてと思っている。 もし、あの使い魔を召喚したのが自分であるならば…… 自分は、何の疑問も抱かずに祖国へと戻り、あの男を―――――― そこまで考え、タバサは首を振るう。 本筋から話が逸れている。 今は、そんなIFを考えている暇では無い。 おくびにも出していなかったが、タバサは昨日からキュルケの護衛をしている。 もしも、自分がルイズであるならば、仇敵の家柄であり、尚且つ、自分に対してからかいの言葉を毎日掛けてきたキュルケを狙いに来るだろうと考えたからだ。 キュルケ自身、あのからかいの言葉にそこまでの意味を見出していなかったが、あの言葉はルイズの自尊心を傷付けるのに、十分な威力を持っていた。 そんな言葉を毎日のように掛けていたのだ。殺意を抱かれる恐れは多いにある。 と言うか、今朝の言葉からして、ルイズがキュルケに対して殺る気満々なのは、疑う余地も無かった。 「そういえば……今朝から、モンモラシーを見ていないわね……タバサ、知ってる?」 話題を変えよう、別の娘の話を振ってきたが、振ってから、 キュルケはモンモラシーがギーシュの恋人である事を思い出した。 恋人が突然、メイジでは無くなったのだ。 かなりショッキングな出来事だったのだろう。 「ちょっと、様子でも見に行こうかしらね……」 心配そうに立ち上がるキュルケの手を掴み、そのまま椅子へ座らせる。 困ったような顔をしているキュルケに、皿一杯に盛られた料理を差し出す。 「今は、良いわよ。食べる気分じゃないから」 「そう言って、昨日の夜から何も食べていない。 おまけに目の下にクマも出来ている」 その言葉に、慌てて手鏡を取り出して目の下を確かめるキュルケにタバサは、ゆっくりと声を掛ける。 「大丈夫、彼女の様子は私が見に行く。 だから、貴方は食事をして、部屋で休むべき」 「別に大丈夫よ。 今はダイエット中だし、それにこのクマも、大したことじゃあ無いわ。だから―――」 「―――お願い」 休むように懇願するタバサの姿に、キュルケは溜め息を吐いて、わかったわ、と呟いた。 それに満足したタバサは、モンモラシーの様子を見に行く為に食堂を後にする。 勿論、自分の代わりの護衛を用意するのも忘れない。 タバサが居なくなった後の食堂では、変なテンションの青髪メイドが、キュルケの口に無理矢理食事を運ぶと言う珍妙な光景が見られたとか。 「あの……シエスタ」 「………………」 「その、怒ってるのは分かるよ、けどさ……」 「………………」 「話ぐらいは聞いてくれても良いんじゃないのかなぁと、ぼかぁ思うんですけど……」 「………………」 現在の時刻は夕刻。 朱色の空と二つの月が合わさって、絶景を作り上げていたが、そんな事を気にしている暇では無かった。 私……怒ってます。物凄く怒っています。 そんな、怒ってますオーラを身に纏って才人の事を無視するシエスタに、正直、才人はビビッていた。 ルイズが宣言した使用人になれ、と言う発言に、猛然と噛み付いたシエスタだったが、他ならぬ才人自身が、別に構わない、と言ってしまったので、どうにもならなくなってしまったのだ。 そんな訳で、晴れて才人はルイズの使用人となってしまった訳であるが、それも明日からの話だ。 別に才人としては今日からでも良かったのだが、幾ら秘薬で治療したと言っても、怪我をしてから一日しか経っていない。 万が一と言う事もあるので、シエスタの提案で今日も医務室で夜を過ごす事となったのである。 しかし―――――― 「おーい、シエスタ。あの、マジでそろそろ限界なんだけど、あの降りていいかな?」 昨日の昼から気絶していた才人は、当然の如く尿意を催しており、 その排泄をしようとベッドから立ち上がろうとすると、シエスタが無言で止めてくる。 その目は、怪我人ですからベッドから立つなんてとんでもございません、と告げていたが、 はっきり言って、シエスタのお仕置きであるのは疑うまで無い。 使用人のピンチだと言うのに、姿の見えないルイズは、昼頃までここで話し込んでから姿を消している。 と言う事で、現在、医務室には才人とシエスタしかおらず、シエスタに完全にビビッている才人にとっては動くに動けない状況なのだ。 「あの~、シエスタさん。本当、本当、ちょっと、トイレに行くだけですから、勘弁してください、お願いします」 涙目で訴えてくる才人に、シエスタも限界であることをようやく悟り、無言だった口から、 久方ぶりに、仕方ありませんね、と発音が聞こえる。 やった! と叫びのをグッと堪えた才人が、ベッドから降りようとすると、シエスタが手で静止してくる。 あれ、許可してくれたんじゃないの? 「はい……才人さんは怪我人ですから、怪我人の方のトイレは“コレ”ですよね?」 シエスタの手に微妙に黄色い尿瓶が握られているのを見た才人は――――――泣いた。 同時刻 静寂が支配する部屋の中で、赤色の明りに照らされたキュルケは俯いてベッドに座っていた。 夕焼けの赤と地の赤で、彩色された髪で隠れた顔には、 普段の彼女ならば絶対にするはずの無い愁いの表情を張り付かせている。 「……ルイズ……」 何処か、遠くへと行ってしまった友人の名を呼ぶように、意地っ張りで素直では無い桃色の少女の名を呼ぶ。 返答など期待していない。 喪失感を紛らわす為だけに発した、その言葉に――― 「なぁに……キュルケ?」 ―――反応したのは、血の様に赤い空と二つの月を背にする漆黒のローブを羽織る少女であった。 氷柱を背中に突っ込まれたような気分だ。 自分一人だけしか存在していなかった部屋に、物音一つ立てずに、この少女は現れた。 息が……苦しい。 ルイズの放つ威圧感に、キュルケは呼吸すら忘れてしまっていた。 「ねぇ……何か用なの? せっかく、私が足を運んできたのだから、面白い話題なんでしょうねぇ?」 ケラケラと童女のように笑うルイズは、なんというか、言い知れぬ不気味さと人を惹きつける魅力を身に纏っている。 ―――違う こいつは、こんなのはルイズじゃあない。 自分の知っているルイズは、あんな化け物みたいな笑い方はしないっ! 「貴方……誰? どうして、ルイズの姿をしているの!?」 敵意を込めた視線に、ルイズは、フンッ、と鼻を鳴らし、右手を掲げる。 瞬間、ホワイトスネイクが背後からキュルケの頭を一文字に薙ぎ払い、DISCを奪い取った。 込み上げる喪失感に泣きそうになるのを我慢しながら、キュルケはルイズを睨むのを止めない。 その様子に、使い魔から渡されたDISCを頭に差し込んだルイズは口を開く。 「一体、何を言っているのか、さっぱり分からないけど、私は私よ。 他の誰でも、他の何者でも無いわ」 淀みなく答えるその言葉に、キュルケは首を振る、違う、と 「私の知っているルイズは、我慢が出来なくて、すぐになんでも癇癪を起こすけど、それでもこんな事をする娘じゃあ無かった! 他人から力を奪うような娘じゃあ、絶対に無かったわ!!」 我慢していたはずの涙が流れているのを、キュルケは気が付かなかった。 18年間共に歩んできた才能を奪われたのだ。無理も無い。 しかし、今、ここでその悲しみに泣き崩れていたら、もっと大切なモノを失ってしまう。 「ねぇ……ルイズ、もう止めましょう。 奪った才能を返して、また何時ものように一緒に学びましょう? そうして、他人から奪った才能なんかじゃあ無くて、貴方自身の才能を育てて行けば良いじゃない……」 「………………」 「こんな事をしたって根本的な解決にはならないわ。 ねぇ、お願いよ、ルイズ。何時もの優しい貴方に戻って。 努力家で、意地っ張りで、誇り高い貴方に―――」 「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」 髪を振り回し、取り乱したように叫ぶルイズに、キュルケは近づこうとするが、動いた瞬間、ホワイトスネイクに床に叩きつけられた。 「がはっ―――!」 肺の中から追い出された空気が、口から漏れる音を自身で聞いたキュルケは、それでもルイズに言葉を掛け続ける。 今なら、先程のような余裕を持っていない今ならば、自分の言葉もルイズに届くはずだ。 いや、届かせなければならない。 「こんな……こんな力に振り回されるのは貴方じゃあ無い! 今の貴方は、この使い魔の力に酔っているだけ! お願い! 正気に戻って! ルイズ!!!」 最後の言葉を吐き出したと同時に、キュルケの口から血が噴出す。 上から踏みつけてくるホワイトスネイクに、何処か、生きるのに重要な器官が潰されたのかも知れないが、それでも止める訳にはいかない。 大切な、友達を助ける為に…… 「ルイズ……」 「うるさいって言ってるでしょ! 戻れですって!? あの魔法を使えず、侮辱され続け、屈辱を投げつけられていたアレに!? 冗談じゃない! 私は戻らない! あんな! あんな! 最低の場所に戻るなんて絶対イヤ! 酔っているだけ? 違う! 私は『使いこなしている』だけ! この力で、貴方達を、私を『ゼロ』と馬鹿にした連中全てを、私は―――!!」 感情のままに吐露するルイズの言葉を、キュルケは遮ろうとするが、それはまったく別の形で中断された。 窓側の壁全てが、一瞬にして破壊されたのだ。 見晴らしの良くなった部屋の中で、乱れた髪を気にも留めずに、ルイズは壁を壊した闖入者へと目を向ける。 蒼い髪に眼鏡を掛けたその少女は、ウィンドドラゴンの幼体の上に立ち、 その身体に似合わぬ大きな杖を、迷い無くルイズへと向けていた。 「二度目よ……貴方が、私の邪魔をするのは……」 ポキリと散らばった廃材を踏みつけ、ルイズはドラゴンへと一歩踏み出す。 キュルケを踏みつけていたはずのホワイトスネイクも、その後に続いていく。 「貴方……『覚悟』はしているのでしょうねぇ 人の邪魔をするって事は、排除されるかも知れないって言う『覚悟』を」 淡々と語るルイズに、タバサは僅かに口を開く。 「昼間……モンモラシーとギーシュに会った……」 「何を言っているの?」 ルイズは、疑問符を頭の上に浮かべていた。 何故、ここでギーシュの話題なのか。 この眼鏡の娘は、ギーシュと何か親密な中で、その為、邪魔をしているとでも良いたいのだろうか? そんなルイズの困惑を余所にタバサは言葉を続けた。 「彼は……壊れていた。心も、記憶も……何もかも」 それは、無感動な彼女にしては珍しく、誰が聞いても怒っていると分かる、静かな怒声であった。 それが異常な事だと分かったのは、倒れているキュルケだけで、普段のタバサを知らないルイズは、ただ、壊れたの、と詰まらなそうに呟く。 「情けないわね……私は、16年間、魔法を使えない事に耐えてきたのに。 一晩も耐えられないなんて……貧弱ね」 蔑むような声色を発した、その『敵』へ、タバサは呪文を紡ぐ。 ウィンディ・アイシクル タバサの最も得意とする、トライアングルスペルの一つだ。 「へぇ……」 感心したようなルイズの声に、タバサによって作り上げられた氷の矢が、一斉に襲い掛かる―――が 「ウオシャアアアアアアアアアア!!」 ホワイトスネイクの烈火の如き叫び共に繰り出された拳で、全て叩き落された。 「―――ッ!」 あの使い魔が有能な事は、能力から見て推測出来たが、まさかここまでとはタバサも思っていなかった。 しかも、氷の矢を真正面から叩き壊したと言うのに、ホワイトスネイクの両手には傷一つ存在していない。 辛い、戦いになる。 シルフィードの背中の上で、次なる呪文を紡ぐタバサは、これまでの戦いの中で最も困難な事になるであろう事を感じていた。 一方、ルイズも内心は焦りを持っていた。 ホワイトスネイクは有能だ。 本体の性能も言わずもがな、その能力は、使い方さえ考えれば、最強の盾にもなり、矛にもなる。 が、射程距離の内部であるのならばの話だ。 ルイズにとっての一番の問題は、どうやって空を飛ぶ敵に近づくのか、だ。 今奪ったばかりの魔法で叩き落すと言う選択肢もあるが、今の一撃から、魔法の技量は、今まで奪った二枚のDISCの中に記憶されているモノよりも、遥かに上であることが理解できる。 そんな相手に、地面から相手よりも下手な魔法を撃った所で、通用するはずも無い。 長期戦になれば、人が来る。 否、もうすでに壁の破壊音に気が付いて、宿直の教師が近づいてきているかも知れない。 となると、ここは出し惜しみ無しで、ホワイトスネイクを至近距離まで近づかせ、短期決戦で勝負をつける。 奪ったDISCの中で使えそうな呪文を全て引っ張り出しながら、ルイズは、敵意を剥き出しにして、タバサを睨みつけた。 そんな二人が激突するのを見ている事しか出来ないキュルケは、満足に呼吸が出来なくなった身体で、静かに立ち上がった。 もうすでに戦いの場は、キュルケの部屋から移り変わり、二つの月が浮かぶ空が、戦闘の場となっている。 「何故……」 どうして二人が戦わなければならないのか。 どうして私は、二人を止める事が出来ないのか。 キュルケは悔しくて堪らなかった。 そんな彼女の足元に、きゅるきゅると鳴きながら、今まで部屋の隅で震えていたフレイムが擦り寄ってくる。 口元を紅く染める主人を心配するようなフレイムに、キュルケは大丈夫と告げると、動くだけで激痛を訴える身体に鞭を打ち、二人の後を追っていった。 第3.5話 戻る 第五話